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人並みの暮らしはできているのに満たされない——お釈迦様が説いた「満足のライン」の引き方

「人並みの暮らしはできているんだけれど、なんかいつもそれを十分だと思えない」

そんなお悩みをいただきました。

ちゃんと満たされているのに、なぜか足りない

自分は人並みに暮らせている。その認識はちゃんとある。なのに、心のどこかで「まだ足りない」と感じてしまう——。

何が起こっているのかというと、自分の中に「満足の閾値(しきいち)」がちゃんと引けていないということなんです。ここから先は「満足のライン」と言い換えてお話ししますが、同じことです。

自分がどこで満足するのか。そこがはっきりしていないと、私たちはもっと、もっと、もっとと外に手を伸ばし続けてしまいます。これを仏教では渇愛(かつあい)と言います。喉が渇いて水を求めるように、満たされてもまた次を求めてしまう、心の動きのことです。

お金で考えるとわかりやすい

たとえば、家族が十分にお食事をとることができて、おうちもあって、子どもを塾に行かせてあげられて、年に1〜2回は家族みんなで旅行に行ける。その暮らしに満足だと思えるとしましょう。それには月々40万円あれば足りる、とします。

月々40万円がちゃんと入ってきている。この40万円で「満足のライン」を引きます。

ところが、ある月にがんばって仕事をして、45万円いただけたとします。すると私たちは、「お金なんていくらあってもいいし」「先々何があるかわからないし」と、この5万円を貯金に入れてしまう。

貯金に入れること自体は、まったく悪いことではありません。でも、本来40万円でラインを引いていたなら、この5万円は「余剰」だったはずです。それを貯金に回してしまうと、余剰という意味がなくなって、45万円のほうが新しい満足のラインになってしまうんです。

これを繰り返していくと、満足のラインはどんどん上がっていきます。その結果起こるのが、「もっと、もっと」——私たちの心が、ずっと乾き続けているという状態です。

得れば得るほど、乾く。

お釈迦様は、そうおっしゃっています。本当にその通りで、満足のラインを知らないから、私たちはついつい外に手を伸ばし続けてしまうのです。

欲望は、放っておくと増殖していく

わかりやすい例で言うと、夏限定のリップが出て、きれいな色だなと欲しくなって買ったとします。すると今度は、そのリップに似合うチークが欲しくなる。チークを買うと、今度はそれに似合うアイシャドウが欲しくなる。似合う服が欲しくなり、靴が欲しくなり、カバンが欲しくなり……。

自分の中に満足のラインを定めることができないと、欲望はこうしてどんどん増殖していくものなんです。

では、どうすればいいか——余った分は、差し上げる

40万円で満足しているのなら、余った5万円は、どなたかに差し上げるんです。

自分の関係性のある方の中で、困っている方がいらっしゃったら、「この5万円、使ってね」とお渡しする。

そうすると、「40万円で十分に満足できている」ということが確定します。この5万円が余剰であるという意味が、そこで初めて確定するんです。

与えたことによって、「自分はちゃんと十分に満足できているんだな」ということがわかる。そして、それを受け取った方が「ありがとうございます」と言って、それを使って自分を助けることができる。その助かった人の喜びを見て、自分もまた満足していく——そうやって、喜びがどんどん増えていくんです。

この5万円を貯金してしまうと、そんな喜びはどこにも生まれません。

お金の話でわかりやすくお伝えしましたが、「いや、それはできないな」と思う方は、まだ満足のラインが引けていないだけかもしれません。お食事でも何でもいいんです。たくさんお裾分けいただいて、お家では食べきれないなと思ったら、「うちでは食べきれないので、助けてください」と誰かに差し上げる。これも、余剰をお渡ししているということになります。

おわりに

十分だと思えないのは、自分の心の中に、ちゃんと満足のラインが引けていないからです。

ちょっと自分の内側を見て、「どれくらいあれば自分は満足できるのか」をよく見てみてください。そして、しっかりとラインを引いてみましょう。

そのうえで、自分の中で与えられるものはどのくらいあるのか、少し見てみてください。

きっと、もうあなたは人並みの暮らしができていることに、自分で満足できるはずです。

意識を外に向けるのではなく、自分の内側を、よく見てみてください。


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「満足のライン」や「与えること」について、コラムでも詳しく解説しています。

この記事をお話しした人

竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。

約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。

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監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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