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お父様を看取って半年、心の穴が埋まらない——会者定離と「恩送り」という供養のかたち

「お父様を看取って半年になりますが、心にポッカリと穴が開いたようで、なかなか前に進むことができません」

そんなお便りをいただきました。

そうですよね、泣きますよね。大切にしていたものが大きければ大きいほど、私たちの心には本当に、ポカッと穴が開いたように感じてしまいます。

会者定離——出会った人とは、必ず別れていく

仏教には「会者定離(えしゃじょうり)」という言葉があります。

必ず出会ったものとは、別れていく。それがどんな別れであったとしても、ほとんどイコールなんです。出会うということは、いつか離れるということ。手にするということは、いつかなくすということ。

生まれるということは、死ぬということ。

これが、世界の真理です。

……と、こうバチッと言ってしまうと、少し冷たく聞こえてしまうかもしれません。西洋にも「メメント・モリ(死を想え)」という言葉がありますが、出会いと別れが表裏一体だと知ることは、今この時間を大切にすることにもつながっていきます。

穴の大きさは、受けていた恩の大きさ

きっと、あなたにとってお父様は、とてもとても大きな存在だったのだと思います。

大きな存在であればあるほど、穴は大きくなります。それだけ頼りにしていたし、それだけ大切にしていたのですから。

でも、その大きな穴、その大きな悲しみは——結局どういうことかというと、それだけの恩を受けていたということの裏返しなんです。

「こんなに大きな恩を受けていたんだな」と。

寂しさも、悲しさも、もちろんわかります。私も大切なものを亡くしていますので。でも、その寂しさや悲しさだけに引きずられるのではなく、その穴の大きさの分だけ恩をいただいていたんだと思ったら——

受けた恩を、誰かに渡していく

その恩に感謝をして、受けた恩を別のどなたかにお渡ししていく。それが、本当の意味でのお父様に対する供養になるのではないかと思います。

受けた恩を誰かに渡していくこと——それは仏教でいう「布施」の心そのものです。

半年では、なかなかその穴は埋まりません。大切であればあるほど、そうです。

何年経っても、悲しみそのものが消えることはないと思います。ただ、だんだんと表面に浮き上がってくることは少なくなってきて、日常の中にずっと悲しみが横たわっているという状態ではなくなってくるはずです。

だからといって、そこに引きずられて「何もする気がない、何もできない」というままでは、あの世で見てくださっているお父様を悲しませてしまいます。

大きな穴の分だけ、大きな恩を受けていたのだと気づいて、しっかりとお父様に感謝をして——その受けたご恩を、今度は自分が誰かにお渡ししていく側になっていく。

これが、ご自身がその穴を塞いでいく、一つの方法になっていくのではないでしょうか。

そしてお父様もあの世で、「ああ、しっかりやってくれているな、元気にやってくれているな」と、安心してくださるはずです。

おわりに

ぜひ、その穴を埋めるために、受けたご恩を他者に対して返していってみてください。


ひとりで抱えこまないで

仏教は、我慢や修行をすすめる教えではありません。ものの見方が少し変わると、同じ出来事でも、ずいぶん楽になります。がんばりすぎなくて、いいんです。

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この記事をお話しした人

竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。

約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。

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監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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