特に理由もないのにイライラしたり、本当に些細なことでイライラしたり。急に不安を覚えたりしてしまって、今の自分の心が全く信じられない——。
そういった、結構切実なお悩みをいただきました。
「自分のせい」だと決めつける前に、外の要因を見てみる
何かのせいにしたらいけないのかもしれない。そう思う方は多いと思います。でも、ホルモンバランスが崩れているときも、こういう状態になりやすいものです。
あとは、めちゃくちゃ忙しすぎて、めちゃくちゃ睡眠時間を削られていて、自律神経が乱れているときも、同じように起こりやすい。
今までがそうじゃなかったのに、急にこういう些細なことでイライラしてしまう。急に不安が出てくる。 そういうときは、もともとそうでなかったのであれば、それはあなた自身の本質ではない、ということです。
つまり、何か他の要因があるんじゃないかというところをちゃんと見ていく。これは、ものすごく大切な要素のひとつだと思います。
- 自分の中に疲れが溜まっていないか
- 年齢的にホルモンバランスが崩れてきていないか
- 周りの環境が変わったタイミングではないか
まず自分の心を信じられないという前に、「怒ってる現象」がある。それがなぜ怒っているのかを解明していくのが先だと思うのです。今まで別にそんなことにイライラしなかったのに、急に最近小さいことでもイラっとする。そう思うということは、外の要因が関わっていることが結構あります。
そこを見て、別に何もないなと思ったら、そこで初めて自分の心にちょっと向き合っていただいて、なぜそういうことが起こっているのかを見ていく。この順番が大事です。
感情そのものは、悪いものではない
私たちは生きていると、イライラすることもあれば、腹が立つことも、不安になることもいっぱいあります。感情を持つこと自体がいけないわけではありません。
私たちが持っているこの感情というのは、意味があって湧いてくるもの。その感情を出すことがいけないのではなく、その感情に引っ張られていくことが問題なのです。
そこにずっと取り込まれてしまう。ずっとイライラしている、ずっと不安である。そこに問題があるのであって、一瞬そうなったとしても、その後普通に過ごせているのであれば、特に問題視する必要はないと思います。でも、常にそういう状態が起こってくるのであれば、なぜそんなことが起きているのかを、ちゃんと解明していかないといけません。
お医者さんの例えで考える「原因・処置・行動」
わかりやすい例えとして、お医者さんの話をよくします。
熱が出てきた、しんどい。お医者さんに行こうと言って、行ったら、「これは今流行りの風邪ですね」と原因がわかる。原因がわかったら、その原因に対する処置として、「このウイルスを殺すお薬を出しましょう」と処置をしてくれます。
原因がわかった。処置の仕方もわかった。でも、行動しない。そうしたら、ずっと同じ症状が出たままなんです。当たり前のことなんですよね。
薬をもらって、大事にしとこうと思っただけで、実際に飲まなければ治りません。実際に行動しないといけないのです。
これは、イライラも同じです。たとえば、そのイライラが「自分が今忙しすぎているせいだ」とわかったなら、それに対して処置を行う。急ぎでない用事を減らそう、見ているスマホの時間を減らそう。そうやって処置します。
でも、実行しなかったらどうでしょうか。人に会いに行くわ、用事をいっぱい作るわ、暇だからまたすぐスマホを触るわ——。それでは、絶対にイライラはなくなりません。
原因が分かれば、処置の仕方が分かります。処置の仕方が分かったら、実際に行動してみましょう。 ただ、これだけのことなのです。
なぜ、それができないのか——「自灯明」という仏教の言葉
ただ、私たちはなかなか、思うようにそれができない。なぜか。自分を頼りにできていないからです。
「自分の心が信じられない」というところ。なぜ信じられないのか。それは、自分を信じるに至るだけの練習をしていないからです。
「修行」という言葉を聞かれたことがあると思います。私たち浄土真宗では、修行という言い方はあまりしません。少し厳しい感じになるからです。でも、「練習」と言い換えてみましょう。
自分をよりどころとできるように、自分を練り上げていく練習をしていく。なんでも感情のままに、なんでもやりたいようにやっていたら、これは練習になりません。ちゃんと自分を信じるに至る存在に練り上げていく。これを自灯明(じとうみょう)といいます。
そして、自分を信じられなくなったとき、何を頼りにするのか。それが「法」です。ダルマ。法灯明(ほうとうみょう)。お釈迦様の教え、もしくは聖典の教え、自分がこれは正しいなと思っている哲学の教えに頼りなさい、という意味です。
自分が信じられない、自分の心が信じられないのであれば、信じるに至るものを持つこと。2500年も続く仏教の教えというのは、本当に信じるに至るものだと思います。
結び——それを杖として、それを足元の光として
そこを頼りにしていただいて、それを杖として、それを足元の光として、自分を信じられるように、自分を練り上げていく。そういった練習をしてみましょう。
もちろん、いろんな原因があります。その原因を探ったら、処置をちゃんと施してみてください。それとは別に、自分自身を練り上げていくという練習をなさってくれると、いいのかなと思います。
ぜひぜひ、まずは自分の原因を探ってみましょう。
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自灯明の実践については、こちらのコラムでも詳しく解説しています。
▷ 「自灯明」の実践:仏教の智慧に学ぶ真のセルフメディケーションと心身の整え方
この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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