「お金ちょうだい」
家族との会話が、いつのまにかこの一言ばかりになっていませんか。
なんだか自分がATMになったような気持ちがして、寂しい。そんなお便りをいただきました。
実は、渡せることは尊いこと
こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、まず最初にお伝えしたいのは——それ、めちゃくちゃ良くないですか、ということです。
「ATMに慣れてるんでしょ」と言われたら、たしかにそう聞こえるかもしれません。でも、それは裏を返せば「お渡しできるものがある」ということ。求められたときに渡してあげられるなら、渡してあげたらいいと思うのです。
見返りを求めずに与えること、それ自体はとても尊い行いです。仏教ではこれを布施と呼びます。渡せることを、まずは自分の中でちゃんと認めてあげてください。
でも、会話がそれだけなのは、やっぱり寂しい
とはいえ、とはいえですよ。
会話がお金の話だけになってしまっているのは、やっぱりちょっと寂しいですよね。
じゃあ、これは一体どういうことなのでしょうか。
それは、普段からご自身のほうから会話を発信できているか、ということなんです。
お便りをくださった方が、お父さんなのかお母さんなのか、男性なのか女性なのかはわかりません。ただ、子供さんから「お金ちょうだい」「何々が足りない」と手を差し出されているということは——普段から、会話ができていなかったということではないでしょうか。
明日からできる、小さな対話のヒント
これは決して「今日学校でどうだった?」「最近何をやってるんだ?」と、偉そうに問いただすことではありません。
そうではなくて、たとえばこんな会話です。
- 「今日こんなことがあったんだけど、どう思う?」
- 「お父さん、こんな本を読んでみたんだけど、すごくいいことが書かれてたよ」
- 「今度どこかへ行くとしたら、どこに行きたい? 何を経験してみたい?」
表面をなぞるだけの会話ではなく、ちゃんとお子様のためになるような会話。お子様が聞いていて「お父さんに相談したら間違いないな」「お母さんにこの話をするととてもためになるな」——そう思えるような会話を、少しずつ持つようにしてみましょう。
そうすれば、おのずと「ATM」ではなくなっていくはずです。
私たちは、関係性の中でしか生きていくことができない
父だから、母だから、子供だから。そういう役割の話だけではなく、もっとちゃんと、その親子の関係性そのものに気づいていってもらえたらと思います。
私たちはどこまでいっても、関係性の中でしか生きていくことができません。
これは、すべてのものが互いに関わり合って存在しているという、仏教の縁起の考え方にも通じます。あなたと子供さんの関係も、一度きり作って終わりではなく、日々の対話の積み重ねで、絶えず結び直されているものなのです。
だからこそ、その関係性を丁寧に、もう一度構築してみてください。
応援しています。
ひとりで抱えこまないで
今日お話ししたことも、言葉にするのは簡単でも、実際にやってみると難しいものです。
うまくいかない日があっても大丈夫。ひとりで抱えこまず、そっと話してみませんか。登録も利用も無料で、いつでもやめられます。
この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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