誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

このまま誰にも看取られずに死ぬのでは——お釈迦様が説いた「心まで病んではいけない」

「もうすぐ50代。体力も気力も衰えていって、このまま誰にも看取られずに死んでしまうのではないか」

そんな不安に怯えているというお便りをいただきました。

気力も体力も、質が変わっていくだけ

私自身、もう50を過ぎて、まもなく還暦を迎えます。若かった頃のような「よっしゃ、やるぞ」という気力は、正直もうありません。

でも、できることの質が変わってきているのだと思うのです。

若い頃にがむしゃらにできていたことは、歳を重ねるとできなくなる。けれど、落ち着いて丁寧にすることができるようになる。奥から湧き上がるような気力はなくても、何が起こっても平坦でいられる——そんな気力は、自分次第で持つことができます。

病も老いも仕方がない。でも、心まで病んではいけない

体調が悪かったり、どこかに痛みがあったりすると、どうしても気力は落ちます。落ちて当然です。

でも、そこに引っ張られて、体の外側のことで内側まで病んでしまわないように——お釈迦様は、お弟子さんたちに常々そう説かれていました。

病気になることは仕方がない。老いていくことも当たり前で、これは仕方がない。
でも、私たちの心まで病んではいけないよ。心はちゃんと元気でいなさい。

「今ここ」に意識を置くと、未来の不安は軽くなる

では、どうすればいいのか。

今、自分がいるこの場所に、ぐっと意識をフォーカスすることです。

何かに集中しているとき、過去を後悔したり、未来を心配したりしているでしょうか。していませんよね。意識が常に「今ここ」にあることで、未来への不安はかなり軽減されます。

先のことなんて、本当に誰にも分かりません。分からなくて当たり前です。明日のことすら本当は分からない。明日目覚めるかも分からない。それなのに、ずっと先の話を心配しても、仕方がないのです。

一日一日の積み重ねが、未来をつくる

だったら、今この瞬間にできることに、精一杯打ち込んでいく。

今やっていることにぐっと集中する。そうすれば一日はあっという間に終わります。何の心配もせず、する暇もないまま、充実した一日を終えることができるのです。

その一日一日の積み重ねが、未来をつくっていきます。瞬間瞬間で今日という一日ができ、一日の積み重ねで一週間ができ、そうやって未来ができていく。

つまり、不安なら、不安にならない未来を自分でつくることができるのです。

  • 体力が不安なら、少し歩いてみる。少し筋トレをしてみる。それを毎日続けてみる
  • 気力に不安を感じるなら、どうすれば気力を一定に保てるか、落ち込まずにいられるかを考えてみる

その答えのヒントは、お経の中にもたくさん載っています。

おわりに

不安だなと思うのであれば、ご自身の今日から、今から、未来を変えていく練習をしてみてください。

きっと、素敵な未来が待っているはずです。


ひとりで抱えこまないで

仏教は、我慢や修行をすすめる教えではありません。ものの見方が少し変わると、同じ出来事でも、ずいぶん楽になります。がんばりすぎなくて、いいんです。

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この記事をお話しした人

竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。

約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。

生きている人に関わる僧侶へ——竹下暁蓮さんが、僧侶という生き方を選ぶまで

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監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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