書いた人:釋 知高
仕事以外にも、市民団体やNPO、PTA、町内会など、さまざまな活動を担う日々。その多くは報酬のない「無償労働」です。本レポートでは、そうした経験からさらに家事・子育てへと視点を広げ、家庭の中で日々積み重なる労力の大きさと、それを個人だけに背負わせず、社会全体で支える必要性について考えます。
仕事以外にもある、たくさんの「仕事」
私は最近、仕事以外でもさまざまな組織に所属して活動しています。
子育て支援の市民団体、父親の子育て参画促進に関するNPO法人、学校のPTA役員、地域の町内会・子供会、高校の部活のOB会など……重要な役職をいただいているものも多く、かなり時間を取られています。
このすべてが、いわゆる無償労働です。非営利の任意団体ですから当然のことですし、お世話になっている組織への恩返しや、好きでやっている部分もあるので、そのことにあまり不満はありません。
本業の仕事に影響が出ないようには気をつけていますが、体力的にも時間的にもかなり奪われていて、しんどいのは事実です。それぞれの「仕事」を、自分の成長や新たな出会いを生み出す機会と捉えて、前向きに取り組むようにしています。
家事・子育てこそ、究極の無償労働
その視点で言うと、究極の無償労働は、家事・子育てになるのではないでしょうか。私は現在、12歳から6歳まで4人の子どもの子育てが現在進行形です。妻は海外も含めて出張が多い仕事で、じじ・ばばもいません。両親ともかなり早く亡くなりました。
子育てをしながら、その合間に家事をこなすのは、しんどいですよね……。時給に換算したら、かなりの高給取りになるはずです。少なくとも私は、仕事に出かけているほうがよほど楽だと感じています。
家庭の中だけで抱えないために
専業主婦・主夫の方も含めて、家事・子育てに携わっている方は、もっと称賛されていいと思います。そして、地域や行政の協力も、もっと必要だと思います。
究極の無償労働を、みんなで支える社会にしていきたいと考えています。




















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
コラム一覧 → こちら