誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

「SNSの丁寧な暮らし」と比べて自分の部屋が惨めに見える人へ——仏教の「自灯明」という考え方

SNSで同世代の方の、丁寧な暮らしみたいな発信を見るたびに。

自分の散らかったお部屋や生活を見て、「惨めだな」と思ってしまう。どうすればいいですか——そんなご相談をいただきました。

答えはシンプルです。SNS、見なくていいですよ。

見なきゃ、比べない

見なければ、比べないからです。

結局、私たちがやっていることは、丁寧な暮らしができている人の投稿と、散らかった自分の暮らしを比べて、「憧れ」を抱いて、現実の自分を見て「惨めだ」と落ち込む。それだけなんです。

比べないということが、まず何より大事になってきます。どんなことでも、比べる対象は自分であるべきなのに、私たちはついつい、外側の誰かと比べてしまう。

その比較、本当にナンセンスです

勝った、負けた。良い、悪い。強い、弱い。

そうやって他人と自分を比較することは、実はとてもナンセンスなことです。その比較にかけている時間や手間は、ものすごく無駄。無駄の一言に尽きます。

私たちは、一方向だけで測れるものではありません。多面体だからです。どこを切り取って比べるかで、いくらでも「劣っている自分」を作り出すことができてしまう。他人と比べたって、何の意味もないのです。

では、何と比べればいいのか——「昨日の自分」です

何と一番比べればいいのか。答えは、昨日の自分です。

昨日の自分よりも、今日はちょっと良いことができたな。そんなふうにやっていくと、お部屋もそのうち片付いてきます。

昨日、何もできなかったら。帰ってきて、お惣菜を買って、食べてそのまま寝てしまったら。それでいいんです。次の日、ちょっとだけ、食べ残したパックを片付けてみる。その次の日は、掃除機をかけてみる。またその次の日は、自分でご飯を作ってみる。

そうやって昨日の自分と比べていって、1ミリでも進化する、進歩することに挑んでいくんです。

拠り所は、自分自身でいい——仏教の「自灯明」

仏教には、自分自身を拠り所にするという考え方があります。「自灯明(じとうみょう)」と呼ばれる教えです。誰かの暮らしぶりや、外側の基準に照らして自分を測るのではなく、自分自身を灯りとして、自分の歩みを見ていく。

(「自灯明」については、コラム「「自灯明」の実践:仏教の智慧に学ぶ真のセルフメディケーションと心身の整え方」でも詳しくお話ししています。あわせてどうぞ。)

昨日の自分よりも今日の自分、今日の自分よりも明日の自分、明日の自分よりも明後日の自分。ちょっとずつ、ちょっとずつでいいんです。

ちょっとずつでいい、それが「精進」

仏教では、こつこつと歩みを進めていくことを「精進」と呼びます。一気に変わろうとしなくていい。1ミリでも、昨日より進んでいたら、それでいいのです。

(「精進」については、コラム「精進とは?本来の意味と現代での使い方」もあわせてどうぞ。)

全然見たこともないような、同世代の人と比べるより。昨日の自分と比べて、今日の自分はどうだったか。昨日の自分よりも、ほんの少しでも、ちゃんと進歩しているかどうか。そこを見てみましょう。

おわりに

昨日よりも、少しだけ素敵な自分になっていることを目指していけたら、いいんじゃないでしょうか。

ちょっと、頑張ってみてください。きっと1年後には、あなたのお部屋はとても片付いて、あなたの生活はとてもきれいになっていると思いますよ。

頑張りましょう。


ひとりで抱えこまないで

仏教は、我慢や修行をすすめる教えではありません。ものの見方が少し変わると、同じ出来事でも、ずいぶん楽になります。がんばりすぎなくて、いいんです。

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この記事をお話しした人

竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。

約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。

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監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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