誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

兄弟なのに遺産で揉めている――許すことは、自分の心をほどくため

兄弟なのに遺産で揉めている――許すことは、自分の心をほどくため

「兄弟なのに、遺産で揉めています」

60代の男性の方から、こんなお便りをいただきました。

父が亡くなって1年。遺産の分け方をめぐって弟と対立し、今は弁護士を通してしか話していません。お金のことで争っている自分も情けないし、弟の言い分にも腹が立ちます。子どもの頃はあんなに仲が良かったのに。このまま一生、口をきかないままなのでしょうか。

これは、本当によく聞くお悩みです。仲の良かったご兄弟でも、目の前に親御さんが残してくださった遺産を見たとたん、揉めてしまう。

揉める背景にあるのは「欲望」

なぜ、そうなってしまうのでしょうか。

何でも揉めるのは、私たちの中に欲望があるからです。兄弟よりも1円でも多く取ってやろう、と。

決して、あなただけの弱さではありません。誰の中にもある自然な心の動きです。けれど、その欲望に気づかないまま腹を立て続けても、何の解決にもなりません。むしろ、どんどん溝は深くなってしまいます。

亡くなった親御さんは、この争いを望んでいない

絶対に、親御さんはそんなこと望んでいません。

大切な家族に財産を残してくださった方が、その財産のせいで子どもたちがいがみ合うことを、喜ぶはずがありません。頭ではわかっていても、目の前の腹立たしさに引きずられてしまう。それが人というものです。

『法句経』が説く「怨みは怨みによって止まず」

お釈迦様の教えを集めた『法句経(ダンマパダ)』には、こんな言葉があります。

「怨みは怨みによって止むことはない。怨みを捨ててこそ止む」

腹が立つ、腹が立つと怒りを重ねていっても、怒りが怒りを呼ぶだけで、争いは終わりません。止められるのは、こちらが怨みを手放したときだけだと、二千五百年も前から説かれているのです。

許すことは、相手のためではなく、自分の心をほどくため

弟さんの言い分に腹が立つのも、わかります。それでも、許せるのであれば、許して差し上げてほしいと思うのです。

許すというのは、弟さんのためだけではありません。ご自身の心を解くためにすることなんですよね。

だから、許せる範囲で、まず、許して差し上げてはいかがでしょうか。

怒りを抱えたまま生きるのは、しんどいものです。相手を許すことは、相手に譲歩することではなく、自分自身を怒りから解放してあげることでもあります(「許す」と「赦す」の違いから気づいた、怒りを手放すということ)。

ぜひ、また仲良く、お互いが直接話ができる日が来るといいですね。頑張ってみてください。

ひとりで抱えこまないで

家族のこと、お金のことが重なると、なおさら苦しくなるものです。うまくいかない日があっても大丈夫。ひとりで抱えこまず、そっと話してみませんか。登録も利用も無料で、いつでもやめられます。

▷ 公式LINEで話してみる

この記事をお話しした人

竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。

約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。

▷ 生きている人に関わる僧侶へ——竹下暁蓮さんが、僧侶という生き方を選ぶまで

仏陀倶楽部では、 日々の迷いや立ち止まりを、
一人で抱えずに言葉にする場があります。

※登録者2,000名超 / いつでも解除可

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
コラム一覧 → こちら