書いた人:レーン由香
同じ「ゆるす」と読む「許す」と「赦す」。二つの言葉の違いを知ったことで、これまで心に残っていた過去の出来事との向き合い方にも変化が生まれたといいます。相手の行為だけを見るのではなく、その背景にある迷いや苦しみに目を向けること。そして、自分の中にある怒りや執着を手放していくこと。「赦し」という考え方から得た気づきを振り返ります。
「許す」と「赦す」の違い
今までの私は「許す」ことはできていましたが、「赦す」ことがうまくできていなかったのだと、今回の学びで気づきました。
辞書によると、「許す」とは、「不都合なことがないとして、そうすることを認める。希望や要求などを聞き入れる」。「赦す」とは、「過失や失敗などを責めないでおく。とがめないことにする」。
仏教的には、相手が無知や迷い、執着、恐れなどによって、あなたを傷つけていると知ること。「赦し」とは、相手の行為の裏にある苦しみを見抜き、自分を苦しめる怒りや執着を手放し、心を解放する知恵である。
私はこの言葉にハッとしました。
過去のモヤモヤが少しずつほどける
この考え方をすれば、過去の嫌な記憶も書き換えられるように思いました。私の心に残っていた過去のモヤモヤは、この「赦し」によって、だいぶスッキリしてきました。
仏教では「怒り」は心の器を曇らせる煙とも言われているそうです。本当にそうだなと思います。怒りの中にいたとき、私は本来の自分を見失いそうになっていました。今回の学びで、またさらに心を穏やかに保てるようになりそうです。
皆様が素敵な一日を過ごせますように。
南無阿弥陀仏。




















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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