「夫の定年退職まで、あと2年」
そう思うだけで、気が重くなるという50代の女性からのお便りです。
「その後、毎日顔を付き合わせる暮らしが待ってると思うと、息が詰まりそうで、想像するだけでも嫌になる」
正直な言葉です。そして、同じように感じている方は、決して少なくないと思います。
その「息苦しさ」の裏にあるもの
暁蓮さんは、まずご主人がこれまで歩んできた時間に目を向けます。
定年まで働き続けてきたということは、それだけ長い年月、家族のためにお給料を家に入れ、家庭を支えてきたということ。もちろん奥様の努力もある。それでも――
「ちゃんと面倒を見てくださってたわけですよね。そこに対しての感謝は、どこに行っちゃったんでしょうか」
きつく聞こえるかもしれません。でも、これは責めるための言葉ではありません。「息が詰まる」という感覚の奥に、実は感謝を置き去りにしてきた自分がいないか――そこに気づいてほしい、という問いかけです。
僧侶自身も、離婚を経験している
暁蓮さんはここで、ご自身の経験を明かします。
「私も、離婚しています。なぜなら、ちゃんと原因があったから。その原因に対して、手の打ちようがなかったから、分かれるしかなかった」
大切なのは、「息が詰まる」という感情だけで結論を出さないこと。感情の奥にある原因を、まず見てみること。そのうえで、何がベストかを選ぶこと。
- 修復できるなら、ちゃんと修復して会話をする
- 本当に無理だと思うなら、言い訳せずに分かれる
どちらの道を選ぶにしても、順番を間違えないことが大切だと暁蓮さんは説きます。
不平不満で終わらせない
「不平不満が出てくる時点で、ちょっとおかしいと思う。それって、解決しようと思っていないっていうか」
厳しい言葉ですが、核心を突いています。「息が詰まる」で止まってしまうと、そこから先に進めません。暁蓮さんが促すのは、次の3つです。
- 自分の今の状況を、しっかり確認してみること
- 現実をきちんと見てみること
- 自分が一体どうしたいのか、明確にすること
その構造を理解しないまま、どちらの方向に進んでも、うまくいくはずがない――そう暁蓮さんは言います。
おわりに
定年後の暮らしへの不安は、決して贅沢な悩みではありません。ただ、その不安の底に、これまで支えてくれたことへの感謝が置き去りになっていないか。そこを一度、確認してみる価値はありそうです。
感情のまま「息が詰まる」で終わらせず、原因を見て、現実を見て、自分がどうしたいのかを決めていく。それは離婚するかどうかという話である以前に、これからの自分の暮らし方を、自分の手に取り戻す作業なのだと思います。
当たり前に感じていることの中にこそ、感謝すべきものがある——このことは、仏教が古くから伝えてきた「足るを知る」という考え方にも通じます。
ひとりで抱えこまないで
仏教は、我慢や修行をすすめる教えではありません。ものの見方が少し変わると、同じ出来事でも、ずいぶん楽になります。がんばりすぎなくて、いいんです。
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「感謝」や「足るを知る」については、こちらのコラムでも触れています。
この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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