書いた人:竹下暁蓮
得藏寺所属の僧侶・竹下暁蓮さんによる「今月の托鉢だより」。親が元気でいてくれることを私たちはつい当たり前に思ってしまいます。けれど、会える時間には限りがあります。今回は奈良への托鉢をきっかけに、母と伯母との時間、そして「元気なうちにできること」についてつづります。
奈良県に托鉢に行く理由
稲穂が色づき始め、彼岸花の朱色との対比が美しい季節となりました。
今回も奈良県への托鉢です。
なぜ、奈良が多いのかというと……私の母と伯母が施設で元気にしてくださっているからです。奈良を離れるときに、寂しがる母と伯母に「3~4カ月に一度は顔を見せに帰るからね」と約束をしたのです。
私たちは、事が過ぎてから後悔をすることが多くあります。特に両親が亡くなったときに「もっと顔を見せておけばよかった」「もう少し優しくしておけばよかった」というお話はよく耳にします。
仏教では「四恩」という教えがあります。
・父母への恩
・衆生の恩
・国王の恩
・三宝の恩
私たちは自分一人で生きているのではなく、さまざまな支えがあってここに生かせていただいています。特に両親のご縁がなかったら、私たちはここに存在して経験することができていません。
元気でいてくださる間に自分のできることをさせていただく。ほんの小さなことでもいいと思うのです。元気でいるよと連絡を入れてみる。時間を作って会いに行く。近くにいてくださるなら、一緒に食事を楽しむ。
もしも、こちらが誰なのかわからなくなっていたとしても、手をやさしく握ってみる。どんな形であっても、いただいたご恩に感謝して起こす行動は必ずご両親に伝わるはずです。
今回は托鉢での出来事ではなく個人的な話になってしまいましたが、久しぶりに顔をみせた時のあのうれしそうな笑顔が大輪の花が咲いたようで、こちらもうれしくなりました。
10月は長野県へ行ってまいります。
どんな出会いがあるでしょうか。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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