「母に優しくできなかったまま、母が亡くなりました」
50代の女性の方から、こんなお便りをいただきました。
去年、母が亡くなりました。晩年は私も仕事が忙しく、電話が来ても面倒がって、会えば口喧嘩ばかりでした。最後に交わした言葉も、きつい一言でした。今になって、もっと優しくすればよかったと後悔ばかりです。母に優しくできなかったまま、亡くなりました。この後悔は、どうすればいいのでしょうか。
最後の一言がきつい一言のまま、というのは、やっぱり辛いですよね。なんでもっと優しい言葉をかけなかったんだろう、と思ってしまいますよね。
浄土真宗が伝える「還相回向」
浄土真宗では、お亡くなりになられた方は仏様となって、今度は私たちを導いてくださる存在になってくださる、と伝えられています。これを**還相回向(げんそうえこう)**といいます。
亡くなった方との縁は、そこで切れてしまうわけではありません。仏様となったお母様が、今度はあなたを見守り、導いてくださる。そういう関わり方に変わっていくのです。
後悔するということは、それだけ思いがあったということ
本当に、後悔するということは、それだけ思いがあったということですよね。
だって、どうでもいい人と喧嘩別れしたって、後悔しないものです。ちょっと後味が悪いかもしれないけれど、後悔まではしない。
後悔するということは、それだけ大事に思っていた。それだけ思いがあったということなのです。
伝えられなかった言葉は、お念仏と手を合わせる時間の中で届く
伝えられなかった言葉、感謝の気持ち。そういったものはやっぱり、お念仏をあげていただくことと、手を合わせる時間の中で、ちゃんと届けることができます。
後悔したということは、それだけ思いがあった、愛していたという証なんですね。
だから今からでも、手を合わせる時間の中で、感謝と伝えたかった言葉を届けてください。ちゃんとしっかりと、仏様となられたお母様のもとへと届けることができます。
同じように、大切な人との別れを経験した方の体験も、こちらでお話ししています。
ひとりで抱えこまないで
後悔は、愛していた証です。今からでも、手を合わせて届けられます。
ぜひ、日々実践してみてください。うまくいかない日があっても大丈夫。ひとりで抱えこまず、そっと話してみませんか。登録も利用も無料で、いつでもやめられます。
この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。




















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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