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妻との別れから考えた「往生即成仏」

妻との別れから考えた「往生即成仏」

書いた人:仏陀倶楽部 会員

浄土真宗では、人が亡くなることを「浄土に還る」と受け止め、ただちに仏となる「往生即成仏」が説かれます。本レポートでは、妻との死別を経験した中で、その教えをすぐには受け入れきれなかった率直な思いが語られています。最後の会話ができなかった悔いと、夢の中で得られた心の変化を通して、故人とのご縁のあり方を見つめます。

最後の会話ができなかった喪失

人が死ぬことは、浄土真宗では「浄土に還る」とされています。ただちに浄土に生まれ、仏となる「往生即成仏」とされ、魂や霊の存在は否定されています。

私が1年2カ月前に妻を亡くしたとき、一番深く感じたのは、今までそばにいて、何かあればすぐに会話し、お互いの感情を共有し合えた相手がいなくなり、それが再現できないということでした。これは、不治の病を患い、近い死をお互いに覚悟していた中でも、事前には想像できていなかった大きな喪失でした。

特に私の妻の場合、容体が悪化している状態に病院が気づけておらず、翌日に検査予定とされていました。そして、短い面会時間で制限されたその日の夜に、亡くなったとの連絡を病院から受けました。最後の会話をすることができず、非常に悔やまれる状況となりました。

死を意識させないことで精一杯だった日々

不治の病で、妻も近い死を認識している中では、最後の会話をしておく機会はいくらでもあったと想像される方が多いかもしれません。

しかし現実は、目前に迫った死をなるべく意識せず、その日にできることで、可能なかぎり楽しく過ごせるようにすることを最優先していました。死をなるべく意識させないことで精一杯でしたので、結果として最後の会話はできませんでした。私が妻に伝えたかったことは伝えられず、妻が最後に私に伝えたかったことも聞くことはできませんでした。

最後の会話ができなかったこともあり、頼りたかったのは、魂や霊でもよいので、少しでも会って会話したいという願いでした。ですので、浄土真宗で「往生即成仏」とされている考えは、私にとってなかなか受け入れることが難しいものでした。

しかし、私は浄土真宗の僧侶を目指していますので、「往生即成仏」の考えを意識し、妻はご縁のあった方々の心の中にのみ生き続けるのだと理解するよう努力しました。

夢の中で伝えられた「ありがとう」

妻が亡くなってからしばらくは、亡くなった時の姿しか思い出せない状態が続きました。しかし、1年ほどして、ようやく妻が夢の中に出てきてくれました。それは2回ありました。

1回目は、日常のふとした光景で、妻が私をどういう感覚で見ていたかを、言葉で伝えてくれました。2回目は、妻が亡くなる間際の光景でした。私は妻に対して、大きな声で「ありがとう」を伝えることができました。夢の中での出来事ですが、私の心は大きく晴れた状態になることができました。

浄土真宗では、仏となった故人とのご縁が、心に働き続けるとされています。どのような形で働きかけるかは人それぞれだと思いますが、私の場合は、妻が夢に出てきてくれたことで、とても幸せな感覚になることができました。

南無阿弥陀仏。

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監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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