書いた人:レーン由香
私たちは毎日、何気なく多くの言葉を交わしています。しかし、自分では悪気のない言葉でも、相手を不快にさせたり、傷つけたりすることがあります。仏教では言葉による行いを「口業」といい、言葉を正しく使う「正語」を大切にしています。本レポートでは自慢話や怒り、愚痴など、日常の会話に潜む問題を振り返りながら、「沈黙は金」という言葉の意味を考えます。
何気ない言葉が相手に与える影響
私たちは日々、いろいろな言葉を話します。1日に平均して男性が7000語、女性はその3倍の2万1000語を話すという話もあるそうです。
私も自分が見たり聞いたり感じたりしたことを話すのは好きですが、相手のことを考えて話していただろうかと、ふと立ち止まると、思うところがありました。
自慢話(貪欲)も話し方によっては相手を不快にさせますし、腹が立ってそのままの感情(瞋恚)で話すのも相手を傷つけてしまいます。
また、愚痴を話すのも、自分はスッキリするかもしれませんが、内容によっては相手を不快にさせてしまう場合があります。
「沈黙は金」と「正語」の実践
「口は災いの元」だと本当に思います。仏教を学んで、話し方や言葉選びが、自分にも相手にも影響するものだと改めて気づきました。
「沈黙は金」。それは何も話さないということではなく、「この言葉は本当に必要か?」「相手の役に立つか?」「真実か?」などと熟考すること。
そして、「正語」の実践です。相手の話をよく聴くことも重要です。自分が話す言葉を大事にして「言辞施」、思いやりのあるやさしい言葉で対話できるようになっていきたいと思います。
南無阿弥陀仏。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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