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縁起を観察して見えてきた「寛容」という広場

縁起を観察して見えてきた「寛容」という広場

書いた人:釋 隆雲

縁起を日々の体験として観察していると、ものごとはすべて決まっているわけでも、自分の思い通りになるわけでもないと感じることがあります。その流れの中で起きる出来事や人との関係を見つめながら、「しょうがない」と受け止める感覚と、寛容さについて考えます。

縁起を感じる日々の中で

寛容が肝要。洒落のようですが、最近そう感じることが増えました。

縁起をよく感じながら日々を過ごしていると、この世の中は運命論のように、すべてが決まっているわけでもありません。だからといって、自分の力で思い通りになることばかりでもありません。また、ただ縁に触れて何かが起きるだけ、というような、悟った聖者のようにも感じられません。

しかし、縁起をじっと体験として感じていると、ふと、摩訶不思議と言えば楽なのですが、何かうまく説明できない流れのような力のようなものを感じます。

何かが起きて、すぐそれは過去になり、その過去の縁に触れて、また何かが起きる。

当たり前ではありますが、自らがまさにその流れ、力、うまく表現できませんが、それそのものというよりも、それによって現れている。そう言うと格好良いのですが、切っても切り離せない関係性の存在という感じに少しなるような気がしました。

「しょうがない」が生まれるとき

その時は、すべてがお互い様の中にあります。

多少嫌なことを言われても、アンラッキーが少し続いても、許せるとまでは無理だとしても、「しょうがない」というような感覚が現れて、寛容さが増すように思えます。

もちろん、ダメな時はダメです。それでも、この「寛容」という自分の中の広場が広くなると、「しょうがない」を消化できる気がしました。寛容の広場が広ければ、他人との葛藤はかなり減ると感じました。

そこで、寛容は肝要。

ダジャレを失礼いたしました。

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監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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