「一人で亡くなるのが怖いです」
70代の女性の方から、こんなお便りをいただきました。
一人暮らしで、誰にも気づかれずに死ぬのではないかと、怖くなってしまいます。
孤独死が増えているといわれ、この問題はとても気になりますよね。
怖いのは、死ぬことではなく、孤独であること
この方が怖いのは、死ぬこと自体ではないのだと思います。誰にも気づかれないこと。孤独であること。そこに怖さを見出していらっしゃるのかな、と。
それなら、孤独にならないためにどうすればいいのか、ということを考えていけばいいのではないでしょうか。
何かのコミュニティに属してみる
たとえば、何かのコミュニティに属してみる。今あるのなら、老人会のような会もありますし、なかったとしても、カラオケのクラブでもいいですし、運動のクラブでもいいですよね。
何かのコミュニティに属することも、一人にならないための、ひとつのポイントだと思います。
ご近所さんと、お茶の会をひらいてみる
それから、ご近所の方たちに、定期的にお茶の会をしてみませんか、と声をかけてみるのも、いいのかなと思います。
私が先日、ある島に行ったときのことです。若い方がいらっしゃらなくて、どんどんお年を召した方が増えていて、平均年齢が70歳から80歳くらいなのだそうです。それでも、その島の方たちは、地域ごとにお茶の会を開いておられるんですよね。
朝10時になったら、「何々さんのお宅に集合ね」と言って集まる。もしお顔を見せなかったら、「あら、今日はしんどいのかしら」と、みんなでお見舞いに行く。そういうことを、なさっているのです。実際、いい案だなと思っています。
待つのではなく、自分から声をかけてみる
孤独って、やっぱり辛いじゃないですか。だれかが声をかけてくれるのを待つのではなく、ご自身から「こんなことをやってみませんか」と言って、始められるのもいいのかなと思います。
2人であっても、だんだん人が増えていくと、楽しい寄り合いになるのではないでしょうか。怖がらずに、ぜひ声をかけてみてください。
**そうやって、孤独であるということをどんどんなくしていけたら、死ぬのが怖くなくなるのではないかと思います。**応援しています。
ひとりで抱えこまないで
ひとりの夜は、考えごとが大きくなりやすいですよね。うまくいかない日があっても大丈夫。ひとりで抱えこまず、そっと話してみませんか。登録も利用も無料で、いつでもやめられます。
この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。
















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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