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推しにお金を使いすぎて自分が嫌になる――好きでいることは大丈夫、執着から少し離れてみる

推しにお金を使いすぎて自分が嫌になる――好きでいることは大丈夫、執着から少し離れてみる

「推しにお金を使いすぎて、自分が嫌になります」

40代の女性の方から、こんなお便りをいただきました。

推しの活動にお金を使いすぎて、貯金ができません。そんな自分が嫌になります。

推しがいるのは、いいこと

推しがいるのは、いいですね。人生に彩りが増えますよね。

好きであるということは、とてもいいことですし、大切なことだと思います。

問題が生まれるのは、「執着」したとき

ただ、そこに執着しすぎていくと、問題が生まれてきます。執着というのは、やはりよろしくないのかなと思います。

好きであるということは、全然大丈夫です。

グッズを一つ買うのと、すべてそろえないと気が済まないのは別

その方のために少し協力したいと思って、何かグッズを一つ購入するくらいなら、まったく問題ありません。

けれど、どこへでもついて行ってしまう、すべてのグッズを購入したい、「これを全部持っています」というところまでいかないと気が済まない。それは推し活ではなく、あなたの執着です。

そこから少し離れて、自分を見直してみましょう。

自分の生活を崩してまで、応援してほしいでしょうか

本当に、好きだな、応援したいなという気持ちは、純粋なままそっと置いておいてください。

そのうえで、自分の中で「ここまでなら生活ができる」「この分は使える」ということを、ちゃんと見極めていくことが大切です。

自分の生活を崩壊させてまで、その方は応援してほしいでしょうか。 違うと思います。

元気な顔を、ときどき見せてあげる

ときどき元気な顔を見せてくださるほうが、きっと、その方はうれしいと思います。

推し活のやり方を、ご自身の中で、ちょっと考えてみましょう。

ひとりで抱えこまないで

好きなものがあるからこそ、自分を責めてしまうこともあります。うまくいかない日があっても大丈夫。ひとりで抱えこまず、そっと話してみませんか。登録も利用も無料で、いつでもやめられます。

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この記事をお話しした人

竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。

約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。

▷ 生きている人に関わる僧侶へ——竹下暁蓮さんが、僧侶という生き方を選ぶまで

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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