「あの時、別の道を選んでいたら、どうなっていたんだろう」
そんな後悔を、20年以上も抱えたままの方からご相談をいただきました。20年以上前のたった一つの決断を、来る日も来る日も悔やみ続けているというのです。
20年です。20年ものあいだ、くよくよと悩み続けるのは、本当にしんどいことだと思います。おそらくご本人も、もうやめたいと思っているのではないでしょうか。やめたいのに、やめられない。今回は、そんなお悩みに向き合います。
なぜ、過去の決断を悔やみ続けてしまうのか
結論から言うと、「今」に満足できていないからです。
もし今の状態が心から良いと思えていたら、「あの時、間違っていなければ」というふうには、そもそも思わないはずです。今に満足できていないからこそ、過去の分かれ道に意識が向いてしまう。
でも、もう少し踏み込んで考えると、根っこにあるのは「今この瞬間を、ちゃんと見ていない」ということなのかもしれません。
私たちは「今この一瞬」しか存在していない
私たちは、なんとなく「私」という存在が、ずっとひとつながりに、明日も明後日も、1年後も10年後も続いていくものだと思いがちです。
でも、仏教ではそうは考えません。
私たちの存在は、ぽっ、ぽっ、ぽっ、と断片的です。切れ切れの一瞬一瞬が、リレーのバトンのように因果を受け渡しながら、つながっているだけ。「私」という固まった実体が、ずっとそこにいるわけではないのです。
20年前の決断も、そのほんの一瞬に交わされた、因果の受け渡しでしかありません。私たちは本当に、この一瞬、この刹那しか存在していないのです。「存在している」と思った瞬間には、もうそれは過去になっている。そんな、実体のない、揺らぎ続けるものを、私たちはずっと思い続けてしまっているのです。
過去を悔やむより、今この瞬間の選択を変える
もうとっくに終わってしまって、どうしようもないことを、ずっとくよくよ考え続ける。これは、決して建設的なことではありません。
20年前の決断によって引き寄せられた「今」の現実を変えたいのなら、過去を悔やむのではなく、今この瞬間をどうにかするしかないのです。
- 今この瞬間の決断
- 今この瞬間の思考
- 今この瞬間の行動
- 今この瞬間の言葉
これらすべてが未来をつくっていきます。悔やんでいるだけでは、何も未来は変わりません。このままでは、20年後もまた、今とほとんど変わらない自分のままかもしれない。それが嫌だから、こうしてお悩みをくださったのだと思います。
道元禅師の言葉 ──「今、ここ」に意識を向ける
今この瞬間に、ちゃんと意識を向けましょう。これは、道元禅師のお言葉です。
過去を見るのではなく、今ここに意識を向けながら、未来に目標を設定する。そして、その目標に向かって、この瞬間、瞬間に、ちゃんと行動を積み重ねていく。それを、やっていくことが大切です。
無駄な時間を過ごしてきた、もったいない人生も、あっという間です。ぜひ、この瞬間を変えてみてください。応援しています。
ひとりで抱えこまないで
過去の後悔も、今の迷いも、ひとりで抱えこまなくて大丈夫です。がんばりすぎなくていい。そっと、気持ちを話しにきてください。
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この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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