書いた人:仏陀倶楽部 会員
遠くで一人暮らしを続ける父親に、視力や認知機能の衰えが見え始めたとき、家族はどう関わればよいのでしょうか。心配するほど言葉が届かず、介護する側が疲弊してしまうこともあります。本レポートでは、親の変化を受け止めながら、感情だけで抱え込まずに必要な準備を進めることを「智慧の孝行」という視点から考えます。
遠くで暮らす父親の変化
私の父親は、遠く離れたところで一人暮らしをしています。私が帰省するには、多くの時間と費用を要します。母親を7年前に亡くし、父親は一人暮らしとなりましたが、ゴルフ好きで地域との交流もあり、しばらくは大丈夫だと感じていました。
私は実家が遠いことと、自分の妻の介護もあり、それまであまり帰省していなかったのですが、母親が亡くなってからは、たまに帰省して一緒にゴルフを楽しんでいました。
半年ほど前、父親がゴルフで近くにあるボールに気付けないときがあり、緑内障の悪化が懸念されました。しばらくして、ゴルフとは別に帰省すると、やはり少し老化が進んでいる状態でした。
車の運転時には、信号を見るよりも、車の安全機能として備えられている信号の通知を頼っている状態でした。車の安全機能は万全ではありませんので、運転を控えなければいけない状態だと感じました。
言葉が届かなくなっていく
また、体の衰えと同時に、認知状態も悪くなっているように感じられました。老年期の認知機能の低下と、長年の思考パターンの固定化により、結果として「受入拒否型」「攻撃型」「自己中心型」の言動が増え、私の言葉は受け入れられず、勝手な自己解釈と都合の良い話ばかりしている状態でした。
このような状況になると、会話の中でこちらがつらくなることも多いのですが、病気によるものだと認識しなければいけません。
関わり方としては、感情的な距離を保ち、言動に巻き込まれないよう注意しながら、物理的・制度的な準備を淡々と進めていくことが必要となります。
少し冷たい対応のようにも感じられますが、ここでいう「智慧の孝行」とは、親の苦を減らすために、感情だけではなく智慧、つまり正しい理解に基づいて行う孝行です。
介護する側も疲弊しないために
親の介護で苦労される方は、たくさんいらっしゃると思います。認知症があれば、子供との会話も成り立たなくなることがありますが、本人にその自覚がないこともあり、非常に困った状況となります。
介護する側が疲弊しないよう、これまでの関係性を変えていき、「智慧の孝行」を実践していかなければなりません。「智慧の孝行」は、因果と苦の構造を理解したうえで、介護者が疲弊することによって双方の苦を増やすことを避け、親の煩悩を増やさず、苦を減らしていく慈悲の行動です。
南無阿弥陀仏。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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