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共に暮らす犬や猫にも、慈悲の精神で。猫の粗相から考えたこと

共に暮らす犬や猫にも、慈悲の精神で。猫の粗相から考えたこと

書いた人:レーン由香

犬や猫と暮らす日々のなかで起きた、小さくも切実な出来事。うまくいかないことに向き合うとき、相手を責めるのではなく、まず原因を考えてみる。その姿勢のなかに、仏教でいう「慈悲」や「縁起」が静かに息づいています。家族として共に生きる命に、どう寄り添うのか。暮らしの実感からつづられたレポートです。

なぜ、猫は粗相してしまうのか?

生きとし生けるものへの「慈悲」、全ては関わり合いながら生きている「縁起」。

我が家には10歳の犬(オス)半蔵と、8歳の猫(メス)姫がいます。保護犬、保護猫ではありませんが、縁あって、息子が2歳くらいの頃から生活を共にしている大事な家族です。

最近、姫のトイレでの粗相が頻繁になり、毎回の掃除が大変になりました。怒っても意味がないと思ったので、ひとまず何が原因か考えることにしました。結果には必ず原因があるはずです。

なかなか猫の立場に立てるものではありませんが、最近変わったことを思い出してみました。シャワールームの洗面台の蛇口はしょっちゅう壊れていて、いつもポタポタと水が漏れているのを、姫は今までずっと飲んでいました。それが最近完全に壊れ、水が出すぎて飲みづらいのか、「なんとかして!」と言わんばかりに毎日ミャーミャー鳴いていました。

粗相する間隔がどんどん狭まり、私が蛇口をなんとかしないから、普段できていたことができないストレスで粗相しているのかも、と気付きました。蛇口の横で飲めるようにコップを置いたりしたのですが、状況は変わりませんでした。

できることを考える

今ですら大きい猫用サイズのトイレなので、これ以上大きいものは置けません。しばらくは粗相される前提で、今はトイレの下に犬用のパッドを敷いています。

それと、まさかとは思うのですが、姫のために、せっかく直った蛇口からまたポタポタ程度の水が出るようにしてみました。
蛇口が直って私は嬉しかったのですが、姫にとっては大問題だったのかもしれません。これで粗相しなくなるといいのですが……。

小さな命と共に生きる

今回は対人ではありませんが、いろいろ考えさせられました。

「すべての命を尊重する」という、仏教における根幹的な考え方。なんだかんだ家の中では、私の隣にいつもいてくれる姫。抱っこ嫌いで可愛げはないけれど、フワフワの毛を撫でていると気持ちが落ち着きます。これから何年一緒に過ごせるかわかりませんが、私と子どもと共に生きるこの小さな命を大事にし、なるべくハッピーに過ごせるようにしてあげたいです。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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