誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

第十二回「人の心を蝕む恐ろしい感情「嫉妬」との付き合い方」

第十二回「人の心を蝕む恐ろしい感情「嫉妬」との付き合い方」

仏教で「嫉妬」は、最も人の心を蝕む、恐ろしい感情だとされています。自分ではなかなか自覚したりコントロールしたりできないのが嫉妬だと言えるでしょう。

自分の好きな人がモデルや女優を「キレイだ」と言っただけで「たいしたことないじゃん」とムカムカする。同僚の海外転勤が決まったら「なんでオレじゃないんだ」と嘆く。思い通りの家を建てた友人の、幸せそうな顔を見ても素直に「おめでとう!」と喜べない。多くの場合、人は嫉妬の対象に怒りを向け「自分は嫉妬なんかしていない」と思い込みたがります。 

そういう私も自分にないものを持っている人に嫉妬を感じていたことはありました。二重のハッキリした目元の男性がモテていたら「自分のほうがカッコいいのに」と思ったり、家柄のいい同級生を羨んだり。

20代になり複数のビジネスを経営し、はたから見れば「成功」していたときでさえ、嫉妬の気持ちがなくなることはありませんでした。一流企業で働く友人たちと自分を比べてうらやみ、「負けたくない」と高級ブランドの時計を両腕にし、高級外車をこれ見よがしに乗り回していたのです。

しかし、それで何かに勝った気になっていたのは最初だけ。他人への嫉妬から生まれた行動は、どんどん自分をむなしくさせるだけでした。

嫉妬の気持ちは、必ず他人と比べることから生まれます。人と比較して「あいつが上だ」「自分のほうがすごい」と優劣をつけることばかりしていたら、勝つこともあるかもしれないけれど、必ずどこかで誰かに負けることもあるでしょう。

そんな不毛な戦いで、エネルギーをすり減らしていたら、今を幸せに生きることが難しくなります。ナンバー1になる、誰かよりも上位に立つことを目指すのではなく、自分にあるものを認めて生かし、オンリーワンになったほうがいいのです。

「人をうらやむ」気持ちを手放すのは簡単ではありません。でも、自分より秀でている人、成功している人の足を引っ張って引きずり下ろしても、自分の立ち位置は変わりません。そうであれば、嫉妬の気持ちをエネルギーに変えて、自分が一歩、前に踏み出すようにしたほうがよほどいいのではないでしょうか。

ではどうすればそんな嫉妬とうまく付き合うことができるでしょうか。私は「嫉妬」している相手に、素直に「うらやましい」と伝えるようにしてから、ずいぶんと毎日がラクになりました。

たとえば、自分と比べて年商が何十倍もある、大企業を経営する同級生に対して、「お前はすごいな、儲かっていてうらやましい」「どうやってうまくいったの?」と聞いてみたことがあります。

すると彼は、質問した私が恥ずかしくなるようなほど、自分をコントロールし、小さな努力を積み重ねていたことがわかりました。それまでは、勝手に「アイツが成功しているのは、2代目だからに違いない」「親も家族も協力的だから、一匹オオカミの自分とは違うんだ」と思い込んでいたのです。

でも、実際に何をしていたかの話を聞いた瞬間に、嫉妬の気持ちは尊敬に変わりました。またよく「平気で“うらやましい”と言える、愛葉くんがうらやましい」と言われることもあります。

「嫉妬」の気持ちを素直に伝えるのは、男女関係でも有効です。素直に嫉妬している気持ちを伝えてみる。すると、駆け引きのように、ほかの男性の話をしていたのがピッタリと止まり、仲良くなれることも往々にしてあるものです。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明のコラムはこちら