生きている限り、私たちの人生は「一切皆苦」であり、なかなか思い通りにはなりません。だからこそ、迷いや悩みが起こったとき、私は仏教を気軽に利用してほしいと思っています。そして、たくさんの宗派があるなかで、私は親鸞聖人が説く、浄土真宗の教えが、現代に生きる人に最もふさわしいと考えています。
その最大の理由の一つが、親鸞聖人の根幹的な教えの一つが、「他力本願」であり、「他力本願」は、究極の絶対的な生き方だからです。これからは、一人一人が働き方や生き方を自由に選べる時代です。
自分が感じる幸せの基準にもっと正直に生きていいと、私は思っています。「絶対的」なものを大切にし、自分の人生を歩むとき、自分ではどうにもならないことは阿弥陀さまにおまかせする「他力本願」の考えは、多くの場面で自分のために良い決断をする助けになるはずです。
私は、自分が親鸞聖人の教えと出会ってから、自分が知らぬ間にとらわれていた、たくさんの「常識」や考え方に気づいて解放することができました。そして、心が軽くなったことで、人生が好転するスピードがどんどん速くなっていったのです。

また、浄土真宗の教えはシンプルで、決まりごとが少ないのもよい点の一つです。現代に生きる人に「剃髪しなければならない」とか「肉も魚も食べちゃダメ」「異性と付き合ったり、結婚したりしてはいけない」などを求めても、実践するのはほぼ不可能でしょう。
そもそも浄土真宗の教えは「自力による修行で悟りを開くことを目指す」ほかの宗派とは、根本的に前提が異なる「他力本願」を基本としています。さらに、自力では修行を積む体力や気力がない人を対象とした教えですから、忙しくて厳しい修行を行う時間のない現代人にぴったりなのです。
私は仏教の教えを広め、仏教を自分ごととして親しんでもらう人が一人でも増えるよう、現在は石川県輪島市、慈徳山にある宗教法人得蔵寺で、誰でもお坊さんになれる道を用意して、活動しています。
浄土真宗では、僧侶になることを「得度」といいます。私のお寺では、必要な書類を揃え、面談を受けていただくだけで基本的には得度をすることができます。一般的には、僧侶になるには、家族と離れて寺にこもる「出家」をし、剃髪をして厳しい修行を積まなければならないというイメージがあるでしょう。
でも、浄土真宗では、髪の毛を剃る必要もなければ、お寺で決められた生活をする必要もありません。現在の生活や仕事はそのままで、得度をすることができるのです。よく、「そんなに簡単にお坊さんになっていいの?」と不安がられることがあります。確かに江戸時代までは、得度をするには政府の許可が必要でした。でも、現代では、各宗派の権限にまかされていますから、法律的には何ら問題はありません。
私たちがなぜ「得度」をオススメしているかというと、仏教により深く接する機会を提供したいからです。お寺でお坊さんの話を聞いても、何となく「ありがたい」気持ちになるだけで、実生活に取り入れてもらうのはなかなか難しい。
また、カフェやヨガなどのお寺で開催されるイベントなどに参加しても、仏教に親しみは感じてもらえるでしょうが、教えが身近にはなりにくいでしょう。でも、自分が実際にお坊さんになったら、日常生活のあらゆる場面で「仏教ならどう考えるだろう」とひもづけて考えるようになるはずです。
そして、仏教を自分のものとして活用していただけるでしょう。またお坊さんとして、まわりから頼られる機会も増えるはずです。人から相談を受けたら、持てる知識や情報をフルに活用して応えたくなるでしょう。そうしてアウトプットすることで、さらに学びを深めていくことができるはずです。
宗教の本来の目的は「布教」にあります。教理を教え広めること(布教)=目の前の人を救うことになるからです。私たちの活動は、現代の仏教界からすれば、スタンダードから外れているかもしれません。
でも「僧侶は、結婚せずに禁欲的な修行を積む人」という「常識」があたりまえだった時代に、非難されることも、もしかしたら殺されるかもしれないのも恐れずに、堂々と「肉食妻帯」を公表した親鸞聖人の勇気に比べれば、まだまだできることはあると思っています。






















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明のコラムはこちら