仕事の疲労が蓄積して、腱鞘炎になってしまい、病院を受診することになりました。静かに待合室で静かに座っていたのですが、時間が経つにつれて、患者さんが次々と来院。
僕は朝一番にきて、席は取れていたものの、やはりお年寄りの方、子供が入室すると、「席を譲らなくては」という思いが湧いてきました。
実際、しばらくすると隣に子供が座り、お母さんは立って待機。
僕は別に足が悪いわけではないので、すかさず「お母さん、どうぞ」と、すっと席を譲ることができました。仏教的に言うと、壮座施(そうざぜ)です。
別に「僧侶=席を譲る」というのは、義務でも強制でもありません。でも僕は、得度を目指してから、人にできる範囲で施すことが出来るようになりました。
たぶんですが、僧侶を目指していなければ、「まあ、お母さんも元気そうだし大丈夫でしょ」とスルーしていたかもしれません。
これは、僕にとって、小さな変化ですが、得度を目指さなければこうした行動も積極的に取れなかったかもしれません。
こうした小さなことは、別に仏縁とか得度の機会に恵まれなくても、実践は出来ると思いますが、僕は、「お坊さんになる」という目標きっかけに行動に移すことができるようになりました。
出家はごく一部の人しかできなかった、あるいは、縁に恵まれないとできなかった時代に比べて、本当に今の自分の環境に感謝です。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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