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親鸞の生きた時代は、現代に似ている

親鸞聖人とは

浄土真宗の開祖である親鸞が生きた時代は、仏教の世界観でいう「末法の時代」を迎えていました。

末法の時代とは「お釈迦様が入滅(亡くなること)してから2000年後には、仏教の正しい教えが衰滅し、世の終わりが近づく」という考えに基づいた時代です。

またその頃は、権力抗争から争いが絶えず、地震などの災害にも襲われたこともあ り、庶民の間では飢餓が蔓延していました。

まさに「この世の終わり」の状態だったのです。

まるで、世界中で経済的な覇権をめぐる争いが日常的に起こり、変異したウイルスが人々を脅かし、先行きが不透明で不安があふれている現代と同じです。

そんなときに悠長に、仏教の教えを学びながら悟りを開いていこうとしても、どれほどの人が幸せになれるでしょうか?

「最も苦しみながら、忙しく日々の生活に追われている人こそ救われるべき」と考えたのが親鸞です。

9歳で得度した親鸞は、29歳までの20年間、京都の北東にそびえる比叡山の延暦寺で、ひたすら仏の教えについて学び続けます。

死にものぐるいで修行を続けた親鸞でしたが、次第に「この世の終わり」の状態の中、今、目の前で苦しむ民衆に仏教は役に立っているのかと悩むようになります。

そして、「本来なら、最も救われるべき民衆にこそ役立つ教え」を求めて、比叡山 を下り「南無阿弥陀仏と唱えるだけで救われる」と勧める法然の存在を耳にします。

法然は、13歳(一説には15歳)で出家して比叡山で30年間、修行を積んだ高僧です。

そしてなんの救いもない「末法の世」の平安時代に苦しむ民衆に希望をもたらしたのが、法然が伝える浄土信仰だったと言われています。

浄土信仰では、これまで説かれていた「修行を重ねて悟りを目指す」のではなく、「“南無阿弥陀仏”と唱えるだけで誰もが救われる」と教えます。

学問や修行では決して救われることがなく、30年もの間、苦悩した末に念仏の教えにたどり着いた法然の姿に、親鸞は自分を重ね合わせます。

そして「ただ念仏して、阿弥陀仏に助けられなさい」という教えに、本来の仏教のあり方である「すべての苦を克服する」という真実を見出したのです。

浄土真宗は、乱世の時代に苦しむ庶民を「今すぐ」救う具体的な方法を示すために生まれた教えです。

つまり、さまざまな悩みを抱えながらも日々を生きている現代人に、「生きている 今」に幸せになる方法を伝えるための教えなのです。

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