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ボクこそが仏教で救われるべき人間だった?!

なぜボクが、お坊さん(僧侶)になってまで仏教を身近にしてほしいと思うのか。

それは、宗教や仏教の世界とはまったく関係ない世界で生きてきたボクこそが、実社会で悩み、 苦しんで、仏教、親鸞の教えで人生が変わったからです。

浄土真宗は、日本の仏教の宗派の一つで、鎌倉時代に親鸞という僧侶が開きました。

親鸞は、幼い頃から学問の才能に秀でており、わずか9歳のときに得度、つまり僧侶になる儀式を行い仏門に入ります。

その後20年に渡り、宗派を超えた僧侶のための学問と修行の場である比叡山に入り、修行をします。

浄土真宗の教えの特徴は、なんといっても間口が広いこと。  
仏教の難解な哲学を理解したり、修行を積んだりする必要はなく「誰でも救われ る」と説いています。  

親鸞の教え

親鸞の過激とも言える「修行はいらない」「誰でも救われる」という主張は、子どもの頃からコンプレックスを抱え、家族や親戚の中で自分だけが劣っているのではないかと苦しんでいた、ボクの心に響くものがありました。

幼い頃のボクは、泣き虫で引っ込み思案。小学生になると、やっと友達と仲良くできて、毎日学校に行くのが楽しくなったのに、ある日突然イジメにあいます。

クラスメートは、担任の教師がいるときは何事もなかったように振る舞うのですが、 まわりに大人の目がなくなると、ボクが存在しないかのように無視します。

同じ学年の生徒、全員にいきなり知らんぷりされたのですから、ショックは非常に大きいものでした。

なぜ、無視されるのか理由が不明で、どうしたらいいかもわからない。

毎日、家に帰ると「このまま死んでしまおうか」と真剣に悩みました。 

でも、まだ見たこともない死後の世界や、命を失うことを考えると怖くてたまりません。

まるで自分が存在しないかのように扱われる世界で生き続けるのも、死ぬことを考えるのもつらい日々が続きました。

でも、今から思えば、このとき命を絶たなくてほんとうによかった。  まさかそのあと、大人になってこれほど人生を楽しめるようになるとは想像もできませんでした。

もしかしたらボクは、この頃から「人生をせいいっぱい生きるというのはどういうことか」考え始めていたのかもしれません。

中学校に入ると、自分を認めてくれない世間に反発、やんちゃな少年時代を送ります。

仏教系の高校に進学し、お釈迦様の教えには触れたものの、それも仏教の授業の一環としか感じていませんでした。

その後、新車のセールスマンという仕事を経て、とあるきっかけから中古車販売の ビジネスを一人で立ち上げます。

そして、美容、飲食、リサイクル、子ども服の通販、コンサルティングなど次々と別の事業をスタート。

一時は新聞に「新進気鋭の経営者」として取材されるまでになっていました。

ところがビジネスが忙しくなり、お金が儲かれば儲かるほど、ボクは何故か不幸な気持ちになっていきました。

経済的には満たされており、高級外車を乗り回しブランド物で全身を固めて得意になっている最中のことです。

精神的にはいつもイライラして、全然、人生がうまくいっている気がしない。  お金をだまし取られたり、仲間だと思っていた人に裏切られたりと、なかなかここでは書けないような、つらいできごとにも数多く遭遇し、人生に疲れ果ててしまったのです。

今後の人生を考えたとき、ふと浮かんだのが、仏教系の高校に通っていたときに学んだ仏教です。

ビジネスやプライベートでヨーロッパを中心に海外へ頻繁に出かけるようになり、 外国人の友人たちから仏教についていろいろと聞かれたこともあり、ボクはあらためて仏教を学び始めたのです。



仏陀倶楽部 代表
愛葉 宣明(あいば のぶあき)
法名:釋 明徳

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