「人の生活を見て、自分がみじめになります」
40代の女性の方から、こんなお便りをいただきました。
友人の楽しそうな投稿を見るたびに、自分の生活がみじめに思えてしまいます。
見ていると疲れますよね。確かに、みんなキラキラしたところしか投稿してきませんから。
投稿に写っているのは、その人の「いいところ」だけ
あの人はこんなに良い暮らしをしているんだな、こんなに良いものを食べているんだな、と、自分とその投稿を比べて、羨ましいなぁ、いいなぁと思ってしまう。そうなりますよね。
けれど、誰もみじめなところは投稿しないじゃないですか。ご自身が投稿するなら、どうでしょうか。いいところをあげてやろう、となりますよね。
まあ、一緒です。どなたも一緒なんですよ。
見えているのは一面だけ。人は多面的なもの
その方のそこだけを見て、キラキラした素敵な生活をしているなあ、私の生活なんて、と比べることは、そもそも間違っているのだと、これでわかりますよね。きっとその方も、そこだけをすごく頑張っているのでしょう。
私たち人間は、一面だけではなく、多面的です。いいところもあれば、悪いところもある。これは、私たちみんなに共通することです。
一方向だけで比べることは、決してできません。ですから、まず比べるのをやめるために、「ここはたまたま、いいところを見せてくれているんだな」と理解することが、とても必要だと思います。
人は比べる生き物。だからこそ「比較から離れる」
どうしても、私たち人間は比較する生き物なんです。比べたときに、自分が劣っているなと思うか、自分のほうが優れているなと思うか、比べてどちらも一緒だなと思うか。これをずっと繰り返しているんですね。
この比較から離れるということが、すごく大切になってきます。これは仏教でも再三、戒められていることで、「比較から離れなさい」と説かれています。
比べる相手は「昨日の自分」
では、どうすればいいのか。やっぱり、自分自身をちゃんと見ていくことが大事ですよね。
誰かと自分を比べるんじゃなくて、昨日の自分と自分を比べるんです。
そうすれば、昨日の自分よりも今日は少しでも成長できているかな、昨日よりも少し良いことができたかな、という比較に変わっていきます。それが、私たちを成長させてくれます。
誰かと比べる時間ほど、無駄なものはありません。昨日の自分と比べて、自分を日々成長させていきましょう。
ひとりで抱えこまないで
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この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。
















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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