「部下が、退職代行を使って辞めていきました」
50代の上司の方から、こんなお便りをいただきました。
かわいがっていた部下が、ある日、退職代行を使って辞めました。自分の何が悪かったのだろうと、ずっと考えてしまいます。
退職代行というものがあることを、私も古い人間でなかなか知りませんでした。ご自身では、とても可愛がっていた部下さんだったのですね。それだけに、突然のことで戸惑われたのだと思います。
あなたはきっと、悪くない
結論から申し上げると、あなたはきっと悪くありません。何も悪いことをなさっていないと思います。
「辞めたいんです」というご相談もなく、突然退職代行を使って会社を辞めてしまった。けれどそれは、その方ご自身の問題なんですよね。
「辞めたい」と言えない人もいる
これは想像ですが、その方は子どもの頃に、何かを「辞めたい」と言って、親御さんに怒られた経験があるのかもしれません。習い事を「もう嫌だ、やめたい」と言っても、ダメ、やめさせないと続けさせられた、というような。
そうすると、自分で断ることが怖くなって、言えなくなってしまう。そういう方が、こうした形を選ばれるのかな、と思うのです。
ご自身では可愛がっていたつもりでも、その方にとっては、直接やりとりをせずに縁を切りたかった。だからそういう形を取ったのかもしれません。
縁は、お互いの学びが終わったということ
そうだとしたら、その方との縁は、お互いに学ぶことがなくなったのだと思って、気持ちよく「さようなら」をされるといいと思うのです。
去っていった人に、いつまでも心を留めておくことほどしんどいものはありません。「お互いの学びは終わったんだな」と感じられると、そこの気持ちがすごくスッキリしてくるのではないでしょうか。
「来るものは拒まず、去るものは追わず」
昔から、「来るものは拒まず、去るものは追わず」と言いますよね。
その姿勢があるだけで、私たちはとても楽になります。去るものを追いかけて、その理由を探し続けるのは、心にとってはとても重いことです。
あなたはきっと、悪くありません。そのことをいつまでもくよくよせずに、先を見ていただけるといいのかなと思います。
ひとりで抱えこまないで
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この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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