お釈迦様が始めた仏教は、2500年前のインドでは「新興宗教」でした。
そのころのインドでは「カースト制度」という身分制度を生んだバラモン教が主流 であり「人は皆、平等である」と説いた仏教は、例外的な教えだったのです。
そんな仏教を「カッコいい!」と考えて、僧侶になった人が後を絶たなかったといいます。
またよく、ビジネスなどで大成功したカリスマ経営者のインタビューを見ると、社 会の役に立ちたいなどの崇高な動機ではなく、「“社長”ってカッコいいし」 「モテたかったから」 と正直に答える人も少なくありません。
ボクは、お坊さんになるのも「カッコいいから」「おもしろそうだから」、そして 「尊敬されるから」といった動機も大いにありだと思っています。
動機は不純でもいいのです。
なぜなら、親鸞、そしてお釈迦様の教えは一つだからです。
ボクだって、仏教系の学校を卒業してすぐに、高い志を持って得度したわけではあ りません。
営業マンになったり、さまざまなビジネスを経営したりして、さんざん遠回りをしたあげくに、親鸞の教えにたどり着いたのです。
仏教という建物は、必ず真正面の入り口から入らなければならないわけではありません。
横からでも、裏口からでもいいのです。
得度するきっかけはなんでも、仏教の教えに触れ、日々に生かすことが最も大切なのです。
ここまで得度に関して説明してきました。今からでも遅くはありません。
一歩踏み出して、人生を変える――得度が多くの人の変化のチャンスになればボクはうれしいと思っています。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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