書いた人:釋 隆雲
仏教を学び、その魅力を人に伝えたいと思う一方で、相手にどう届くかは簡単ではありません。強要せず、誇張せず、相手の状況に合わせて話すには、まず聞くことが欠かせない。得度後の対話の中で感じた「傾聴」の大切さと、そこから見えてきた仏法の役割について綴られています。
まずは聞くことから始まる
仏教を学びはじめて、仏教に深く魅力を感じるようになりました。偉そうではありますが、「仏教は生きた教えであり、生きているうちにご縁を!」という気持ちが強くわくようになりました。
しかし、その魅力を伝えることはなかなか難しいものです。強要せず、誇張せず、神秘的になりすぎないように話すのは、とても難しいと感じました。
なぜなら、人はすべて違うからです。仏陀のようにはいきませんが、「対機説法」、つまり相手の能力、性格、状況に合わせて自在に話せなければなりません。それに今頃気づいたのでありますが、「傾聴」がすごく大事であり、「傾聴」は相手を安心させる一番の特効薬だと感じております。
相手に物事を伝えるには、伝える内容を完全に理解し、熟知していないと伝えることはかないません。つまり、プロフェッショナルでないと難しいことであります。
しかし、とりあえずじっくり「傾聴」できれば、まずは話がスムーズにいくことが多いです。
僧侶に向けられる壁
一つには、誰しもが「自分の話を聞いてほしい」というストレスを少なからず抱えているように感じます。得度してから特に多いのですが、「何か僧侶と話してみたいけど、お説教はやめてほしい」(笑)という壁があります。
また、「僧侶は専門性があるだろうから、なめられたくない」という壁もあるかもしれません。困った時に僧侶に聞くという、昔であれば当たり前だった習慣が薄れた昨今では、余計に防御壁を作ってしまうのかもしれません。
そこで、相手の言葉が出尽くすまで「傾聴」し、相手から質問が出てくるまで待つことがあります。しかし、そこでも「お釈迦様はおっしゃいました!」風ではなく、ひたすら「傾聴から同情」へとシフトしながら、とにかく聞くようになりました。
仏教にくわしい方などは、こちらを試してくる方もいらっしゃいます。そのような時、自分の知らないお話をいただいた場合は、素直に聞いて感謝するようになりました。
武装解除していただくために
人は、知識などの知的な部分、身分や肩書、年齢や経験を自身の武器として防御しております。ですから、まずは武装解除してリラックスしていただくようにすること。それが、最初の出会いから始まるこちらのスタンスだと感じています。
どんなに立派に見える方も、皆いろいろな悩みや、人に聞いてほしいことがあるものだと痛感させられます。この「傾聴」を積極的に行うようになってから、いかに娑婆を生きていくことが「葛藤の繰り返し」であるかを思い知らされました。
そこに光をあてるのが仏法だと深く認識を新たにするとともに、日々続けていこうと思いました。
南無阿弥陀仏。



















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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