「自分は素晴らしい」という前提で生きることは、大切なことです。「私は愛されている」という前提も、もっと大事なことかもしれません。ただ、「自分は強い」という前提で生きると、ちょっと苦しいかもしれません。
「強いはず」という誤った前提が苦しみを生む
仕事をしていたり、スポーツをしていたり、日々の生活の中で、「自分は弱いな~」「頑張り切れなかったな~」「すぐサボってしまうな~」と、自分責めをしてしまう経験は、誰にでもあることだと思います。
自分を責めるという行為は、どんな時でも良いことはありません。 そして、こういう責め方をするということは、前提として「自分は強いはず」「強くあらねばならない」と思っているということです。
ただ、残念ながら、「人間は弱い」のです。 「誰でもサボる」のです。イチローだってサボってましたよ! あなたが悪いんじゃなく、仏様が作った人間のデフォルトは、100%そうなっているのです。
だから、「強いはず」と思っている人は、この事実の把握が間違っているのです。 この間違った前提に立つと、頑張った時が当然で、弱いとき、サボった時に、自分を責めるという構図が出来上がってしまい、とても苦しい状態になります。
「人間は弱い」という事実を受け入れ、自己肯定感を高める
ちゃんと「人間は弱い」という前提から物事をスタートする方が吉です。 そしてサボってしまうなら、それは仕組みのせいにした方が良いのです。 自分のせいにしたら、サボっても、責めて終わりになってしまいます。「弱い私は、どうだったらサボらないかな?」という質問から入るのが大切です。
弱い自分を受け入れるための環境づくり
頑張ってる人がたくさんいる環境にいたら私はサボれない。 部下がいたら、さすがにサボる姿は見せれない。 人のためであれば、私は頑張れる。 習慣にしてしまえば難なくやれる。
人それぞれ、色々な性質があると思います。それに合わせて、環境を変えて、サボれない環境を作ってあげたら良いのです。自分の根性に頼っていたら、安定したパフォーマンスは出せません。
道によく迷う人がいます。でも大体そういう人って、地図をこまめに見ないんですよね。なんか変な自信で、「こっちが正しいはず」みたいな思い込みで動く人が多い。これも似たような構図で、自分が方向音痴という前提に立ち切れておらず、それを補うための行動をしていないのです。
私は「人は忘れものをする」という前提で、絶対に忘れてはいけないものは、導線の玄関に前もって置いておくか、付箋をドアの内側や、カバンなどに貼っておきます。これは、「忘れやすい」という前提に立っている行動です。忘れ物をよくする人で、こういう行動をしている人を見たことがありません。
仏教の知恵:上手に人生を生きるための前提認識
こんな感じで、上手に人生を生きるには、「人間は弱い」「人間はすぐサボる」という事実をしっかりと認識し、成果を出したいのであれば、その前提でもやれる環境づくりをするのが大切です。
自己肯定感を保ち、自分責めを避けるためには、仏教が教えるように、自分の本質(弱さや無我)を正しく認識することから全てが始まります。
















