書いた人:レーン由香
寄付をしたい気持ちはあっても、提示された金額を見ると迷ってしまうことがあります。このレポートでは、国際NGOから届いた支援の呼びかけをきっかけに、布施について考えた体験がつづられています。「十分にできるか」ではなく、「今の自分にできることをする」。その気づきが、与えることの意味をあらためて見つめるきっかけになりました。
寄付したいけれど、迷っていた
私は「ワールド・ビジョン」という国際NGOに登録していて、一人ずつですが、子どものサポートをしています。現在で2人目です。
毎月、定額でサポートを続けています。最近、貧困が深刻な国への緊急支援や、ネパールの洪水被害への支援をお願いする手紙が立て続けに届きました。
そこには希望する寄付金額と、その金額でできる支援内容も記載されていました。ただ、その金額は今の私には出せる額ではありませんでした。寄付したい気持ちはあったので、封筒はしばらくそのままにしていました。
思い出した、布施の話
一人で仕込みの仕事をしながら、いろいろなことを考えていた時、ふと、お釈迦様が貧しい人々の村に托鉢に行ったという話を思い出しました。
貧しい人々にも「施し(布施)」をする機会を与え、その苦しみや貧しさから救うためだった、という話です。米一粒でも布施という功徳を積んでもらうことで、心の救いや、現状を変えていく因縁を開かせようとされたそうです。
その話を思い出して、私は何を迷っていたのだろうと思いました。毎日ご飯が食べられて、きれいな布団で眠れる。仕事もあるし、趣味もあります。寄付を渋るほど、私は困っていませんでした。
布施をする機会をいただいていたのです。
今の自分にできることを
団体の希望に添えなくても、今の私が出せる額を寄付すればいいだけでした。寄付することくらいしかできませんが、少しでも助けになれたと思うと、気分がよくなりました。
「与える者は豊かになる」
少しだけ、心が豊かになった気がします。
南無阿弥陀仏。




















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
コラム一覧 → こちら