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周利槃特から学ぶ② 幸福が流れ込む「ふつうの作業」

周利槃特から学ぶ② 幸福が流れ込む「ふつうの作業」

書いた人:釋 彰心

周利槃特の掃き掃除の実践を手がかりに、「幸福はどうすれば訪れるのか」を考えるレポート。自身の仕事の体験を重ねながら、特別な達成ではなく、日々の地味な作業の中にある実感へと話が進みます。前回の内容を受けて、幸福と作業のつながりが少し具体的に見えてくる内容です。

幸福は、どう実践されるのか

周利槃特(チューダパンタカ)は、お釈迦様からほうきを渡され、「塵を払わん、垢を除かん」と唱えながら掃き掃除をし続けたことで、悟りの本質を知ることができたとされる高弟の一人です。レレレのおじさんのモデルとしても知られています。

私は周利槃特の話が大好きで、何度も反芻することで気づきを得ました。今回はその第二弾です。

第一弾では、悟りの本質から、喜びと楽しさをもとにした幸福の在り方を整理できました。今回は、その悟りの本質と幸福の在り方を得ていく実践とは何かを整理していきたいと思います。

ここでは、悟りの本質と幸福の在り方をまとめて「幸福」とします。ただ、幸福は能動的に手に入れようとすると、自己中心性の罠に陥りがちです。本当の幸福に出会うためには、自己中心性をコントロールし、社会を意識した他者貢献が鍵になると、アドラーは個人心理学の中で語っています。

このアドラーの幸福への方法と、周利槃特の在り方には、非常に高い互換性があると私は感じています。

作業を問い続けてきた中で

私は作業療法士です。「作業とは何か」も、私にとっては永遠のテーマです。

医療分野から障害福祉分野まで経験しましたが、作業とは何かという問いに、すっきりした答えを出すことができないでいました。そこで私は、あらゆる分野を経験することで、作業とは何かに近づこうと思い、実践してきました。そして今、飲食業を担っています。

カウンターの前にお客様を迎え、同じ品質のものを日々提供し続ける。また、それにまつわる作業を毎日続ける。自己中心性をコントロールし、社会を意識した他者貢献の実践として、これを継続して一年たった時、それは起こりました。

仕事を上がり、帰路について一つ目の路地を曲がり、夜空を見上げた時、頭の上に穴が開き、何かが流れ込んできました。それは何とも言えない気持ちの良いもので、これが本当の喜びと楽しさ、つまり幸福なんだと知る体験をしたのです。

「ふつうの作業」が開ける穴

ややおこがましいですが、周利槃特さんが掃き掃除の果てに知りえた景色は、この私の体験と同じようなものだったのではないかと思うのです。ここから私は、作業とは何か、人はどうすると幸福になれるのかが、音を立てて解った気がしました。

幸福は、手に入れるものではなく、流れ込んでくるものです。その鍵は作業にあり、その作業は特別なものでも、変身願望を満たすものでもなく、生活のタスクの中にあるものです。あえて言えば、地味で、当たり前で、刺激の少ないものです。

もう少し踏み込めば、あなた自身がめんどくさいと後回しにしていた作業です。その作業を粛々とこなすことが、幸福が流れ込む穴をつくる。私はこれを、オーディナリーホール(ふつうの穴)と名付けています。

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監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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