誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

社会に役立つ輪を広げたい

「SDGs」は、まさにこれからの仏教が進む方向

2015年の9月、国連サミットで「Sustainable Development Goals(持続可能な エスディージー ズ開発目標)」、通称「SDGs」が採択されました。

「SDGs」とは、国連に加盟している193カ国が、2016年から、その後の15年間の2030年までに、持続可能でよりよい世界を目指すための共通の目標です。

「貧困をなくそう」「質の高い教育をみんなに」「ジェンダー平等を目指そう」などの17のゴールがあり、地球上の誰一人として取り残さないことを誓っています。

ボクは2015年のちょうどこの時期、ビジネスでアメリカに滞在しており、「SDGs」は、まさにこれからの仏教が進む方向ではないかと考えたのです。

昔、お寺は「寺子屋」と呼ばれ、学校の代わりに僧侶が子どもたちに読み書きなどを教えていたことがあります。

また村人は、困ったことや悩みごとがあると、よくお寺に相談に来ていました。

江戸時代には、仏教とは関係のない、芝居や落語などがお寺で日常的に行われており、当時としては時代の最先端をいくエンタメイベントの開催場所だったのです。

今、時代は、経済を優先して資源を奪い合って争うより、お互いや人類のために、よりよい選択をするようにシフトしています。

仏教の教えによって自分やまわりを幸せにし、小さな社会貢献の一歩を踏み出すことが、よりよい社会を生み出すことにつながるとボクは確信しています。

高校生に宗教についてインタビューした調査によると、半数以上が「宗教に関心がない」としています。

また、関心がない理由として、1位が「必要性を感じていない」で、およそ 50%、 そして2位が「身近にない」ことが、およそ44パーセントとなっています。

しかし、関心がないとしながらも、 59パーセントの人が「神の存在」を信じたりあり得るとし、 56パーセントの人が「仏の存在」を信じたりあり得るとしています。

この結果を見ると、神や仏はあり得ると考えながらも、身近にないし教えが人生に役立つと知らないばかりに、遠ざかっているということがありありとわかります。

だからこそ人は、ボクが「お坊さん」だとわかると、すぐに相談を持ちかけてくるのでしょう。

ボクは、さまざまな悩み相談を受けるとき、毎回、親鸞の教えをもとに、「苦」が減らせるよう心を込めてアドバイスしているつもりです。

でも、ときどき、「それは、愛葉さんだから、そう考えられるんですよ」 と言われることがあります。

たしかに、小学生でイジメにあってから死ぬことを考え、どうしたらよりよく生きられるのか試行錯誤してきた人間は、そう多くないかもしれません。

だからこそ、小手先で共感して気分よくなってもらうことより、少々耳に痛くても、 実行すれば必ず違いが感じられることを重視してしまうのでしょう。

でも、そうして多くの人の悩みに触れることで、ボクもまだまだ親鸞の教えを再確認し、一人一人がどうすれば実践できるのか考える機会をいただいていると言えます。

この本を読んで、すぐに仏教のことを忘れてしまっても構いません。

でも、人は誰でも、必ず「死」に向かっています。

仏教の真理の一つに「諸行無常」という言葉があります。

「諸行無常」とは、この世のものは、すべて絶え間なく変化し続けており、命あるものはすべて、いつか必ず滅びるという事実を表した言葉です。

万物は流転し、人は誰でも死に至る。

だからこそ、限りある命を大切にして、一瞬の「今」を大事に生きてほしいのです。

あなたが、いつか「死」を意識し、よりよく生きたいと願ったとき、本書の内容を思い出していただければと思います。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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