朝晩、飼犬の散歩をしながらゴミ拾いを始めて3年半になります。住宅街に住んでいるにも拘らず、道端には、タバコの吸い殻、コンビニの弁当容器、お菓子のフィルム、アイスの棒、コンビニや専門コーヒーショップのカップ、飲みかけの缶コーヒー、ペットボトル、ワインの瓶、缶ビール、、、などが捨てられており、拾っても拾っても毎回ビニール袋一杯になります。
ゴミ拾いを始めたキッカケは犬の散歩をしている時に偶々、道端のゴミに目がいった事でした。100円ショップで売っている、使い捨てのビニール袋を2枚重ねにしてゴミを拾い始めた当初は、まだ火が完全に消えていないタバコの吸い殻を掴みヤケドしかけたり、飲みかけのタピオカミルクティーを誤って足にかけて、1人不愉快な思いもしましたが、失敗を繰り返す事で、最近はスマートな清掃活動ができています。
以前、スマートフォンの画面が割れたままでいると、毎回修理しなければいけないという潜在意識が脳の負担になっていると聞いた事があります。
普段住んでいる街で、道を歩きながら多くの人がゴミを認識し、掃除しなければと思っているとしたら、集合知として脳に大変な負担になっているかもしれません。
ゴミ拾い自体は誰もが簡単に出来る事ですが、必ず毎日2回の陰徳を積む事で、清々しい気持ちになるとともに、日々の自信に繋がっています。
大リーグの大谷選手が、高校生時代に作成した有名なマンダラチャートでは、運の項目に、挨拶、ゴミ拾い、部屋掃除が挙げられており、異次元の活躍にも納得した事を思い出します。
日々丁寧に生きること、誰かの為になる事を習慣化する事で、自信がつき、自らの夢を実現しやすくなるのではないかと考えています。
積功累徳をこれからも当たり前の習慣として生きて参ります。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明のコラムはこちら