全国には寺院が7万以上存在し、その数はコンビニエンスストアよりも多い、などと言われていますが、ある調査によると、そのうちの2万以上の寺院が住職不在、いわゆる「無住寺院」なのだそうです。
また、現在は住職がいる寺院でも後継者不在であったり、住職の高齢化で、いつ空き寺になってもおかしくない寺院も少なくないとのこと。
この後継者不足の問題は、特に地方において顕著になっているようで、都市への人口流出による檀家離れも大きな要因となっているのでしょう。
話変わって、最近、埼玉県議会で可決された「条例」が話題ですが、これは単純に言うと小学3年以下の子どもを放置すると「虐待」と位置付ける。というものです。
つまり、ゴミ出しの短時間でも子どもを一人にしたら「虐待」になるというもの。
当然のこと、全国から批判を浴びて、法案は取り下げになりましたが・・・。
そもそも、こんな条例を制定したところで、根本的な問題解決には全くなりませんし、ギリギリの状況で子育て、生活している人たちを余計に追い込むだけです。
現代の子どもたちには、家庭、学校以外に安心して過ごすことのできる場所が極端に少ないと感じます。
核家族化や隣近所との希薄な関係などで、子どもたちを見守る人も場所も殆どありません。
そこで、是非とも活用したいのが、「無住寺院」です。
地域に根差している寺院を、子どもたちの放課後の「居場所」として蘇らせることはできないか?そこでは、こどもだけではなく、地域の高齢者や何らかの事情で社会とのつながりを失ってしまった人、などにとっても有意義な「居場所」になる可能性を秘めているはずです。
現実的な問題として運営や人材など、簡単な事ではないと思いますが、志を持って、賛同してくれる方が多くなれば、実現は決して不可能ではないでしょう。
僧侶として、仏教の教えを糧に、本気でこの事を考えていきたいと思うのです。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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