70歳を前に抱く「報われたい」という純粋な願い
机には、仏陀倶楽部 愛葉代表の本を重ねておいています。順繰りに読んでいるのでしょうが、中でも『あなたは、もっと報われていい』というご本の題名が好きでたまりません。
70歳になろうとしていますが、この言葉は、まるで大きなお手々で頭を撫でられ、「頑張ってきたね。頑張ってるね。」と言っていただいているような、深い慰めを感じさせてくれます。長年の努力が認められることへの渇望は、年齢を重ねても変わらない普遍的な感情なのでしょう。
仏教の教えがもたらす自己肯定感
私たちは、日々の生活の中で、つい自分自身の努力を認められずに苦しみがちです。「報われていないのではないか」「自分はまだ足りない」という思いが、自己肯定感を低くしてしまいます。
しかし、この言葉は、私たち一人ひとりの存在そのものが尊いという仏教の根本的な教えに通じています。他者との比較や、完璧なレポートを書けるかどうかという条件付けではなく、純粋に「あなたは、報われる価値がある」と肯定してくれるのです。
僧侶への道と「腹に落とし込んだレポート」への葛藤
僧侶になりたいという気持ちは変わりませんが、まだ、皆様のように、教えを深く理解し、「腹に落とし込んだレポート」は書けません。理論や形式に囚われると、途端に自信を失い、自らを否定してしまいそうになります。
そんな時、私は、形式的な言葉ではなく、ただ「南無阿弥陀仏」と唱えます。
この念仏は、全てを受け入れてくださる阿弥陀様の大きな慈悲に身を委ねる行為です。今、完璧でなくても、努力の過程も、報われていないと感じる苦しみも、すべてを包み込んでくれる救いがある。仏教は、私たちに条件付きの肯定ではなく、無条件の自己肯定感を与えてくれるのです。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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