書いた人:レーン由香
オーストラリアでの生活の中で、日本語と英語を行き来しながら、言葉を選んで思いを伝えてきた日々。本レポートでは、夫との関係の中で経験した「嘘」へのショックを通して、仏教の教えである「正語」の意味を見つめています。言葉が信頼を支えるものにも、傷つけるものにもなることを、生活の実感から振り返ります。
英語で伝える生活の中で
日々の生活の中で言葉で伝えること、その言葉を理解すること。ましてや、それを英語にしなければいけない生活があります。オーストラリア在住20年目になりますが、職場ではほぼ日本人と働いてきたので、自分の英語力がものすごくあるとは言えません。それでも、基本的な意思の疎通は自信を持ってできます。
別居中の夫とは16年一緒にいましたが、子どもが生まれてからの12年近くは、生活スタイルのズレで会話がだいぶ減っていました。
私は「自分がされて嫌なことは人にするな」と母親に言われて育ったので、多少、他人の顔色を気にしすぎてしまうところがあります。でも、夫に対しては遠慮してばかりでは、この先うまくいかないと思いました。会話でうまく伝えられないことは、手紙にしたりメールにしたりして、私の思いが英語で伝わるように、言葉選びにも気を使いました。
それに対して、当時は夫も返事を書いてくれたので、彼の思いもきちんと理解できました。英語でのやりとりは私には大変でしたが、夫の職場には日本人が常にいたので、日本人の英語の使い方をよく知っていて、つたない私の英語も理解してくれる優しい人でした。
信頼が崩れた出来事
言語を超えた信頼感を築けていたと、私は思っていました。けれども、「不妄語(ふもうご)」に反して夫に嘘をつかれ、それがその時点ですでに嘘だとわかってしまったとき、ありえないほど心臓がバクバクしました。そして、夫に対する信頼が崩れていきました。
私は、嘘をつかれるのが本当に嫌だったのだと、改めて気づかされました。だから私は、夫に嘘をついたことはないと思います。
言語が違うからこそ、話す時間があまりないからこそ、私は伝える言葉を大事にしてきました。けれども、別居前のこの出来事が、私が夫に心を閉ざす最終で最大の原因となりました。
今まで私が夫に送ってきた言葉を、理解してくれていなかった気がして、とてもショックでした。もちろん、これだけが別居の理由ではありません。それでも、「正語(しょうご)」は良い人間関係を作るのに大切なのだと、改めて教えられました。
言葉を確かめながら伝える
私は語彙力がないので、簡潔にまとめることが得意ではありません。それでも、直筆で手紙を書いたり、メールでやりとりしたりする方が、自分の言葉を確認できるので好きです。
言葉は凶器にもなります。文字だけだと勘違いされることもあるでしょうが、思いのこもった文字もあると思います。気を遣ってつく嘘もあるでしょう。それでも、やはり私は正直に生きていきたいです。そして、相手にもそうであってほしい。
息子にも「正語」の大切さを教えていきたいです。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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