誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

今週の感銘を受けた事

審判

 ある方がおっしゃっていた言葉が、とても分かりやすく心に沁みたので記したいと思います。

 【世界は2つある。そもそも1つであると分かった時に、2つ目が始まる。】

 (ボールペンを持って)「これは何ですか?」これはペンですよね。でもこれを子犬に差し出すと?子犬ちゃんはこれを、おもちゃだと思いますよね。これは、あなたにとってはペンですよね。では、これを置いてあなたもこの部屋から出て、子犬ちゃんもこの部屋からいなくなると、これはなんですか?

 ただのモノですよね。

 これがペンだとすると、子犬ちゃんが入ってきたとき矛盾が起きるもんね。だからこれはただのモノ。なんでもないよね?何でもないけど、何でもないわけではないよね。

 この状態のことを、仏教では「空」と呼ぶんですよ。

 あなたがこの部屋に入ってくると、これはペンになるよね。子犬ちゃんが入ってくると、これはおもちゃになるよね。では、あなたが入ってきたときにこの物が勝手にペンに変わったのか?あなたが、物をペンに変えたのか。どっち?あなたが、この物をペンに変えてるよね。勝手にペンになったんだったら子犬ちゃんがいる場合、バグがでるよね。

 このロジックが、あなたの人生の創造主はあなたであるというロジックなの。要は、あなたの人生は全て「空」なんです。それをあなたが認識することによって、この形にしているわけ。要は、私の認識が作ってんじゃん!ってわかった時に、もう一つの人生が始まる。

 だから「世界は二つある」っていうのね。これが分かった時に、どんな人生になりたいかってなった時に、外を変えても変わらないのわかる?認識が変わらない限り人生って変わらないの。というお話を聞いたときに、今まで聞いたことあるし分かっているようでわかっていなかった事柄が、すっきりした感覚がしました。

 「この世は全て思い通り」「思考は現実になる」「願えば叶う」…etc。これらは全て同じ意味合いから来ているものだと思います。認識している世界は、私たちのこころが作り出したものであると。ということは、認識次第で如何様にもなるという事。辛いことも、悲しいことも、楽しいことも、嬉しいことも全部、私が「そう」認識しているに過ぎないと。だからみんな見えている世界は違うはずだし、違っていて良い。

 認識というものを少し意識することで、私が生きている世界には、虹のようなきれいなモノが沢山あったのだと、少し気が付けた気がします。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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