最近引っ越しすることになり、引っ越し先の支店で仕事をする予定でしたが、自分が予想していた業務が無いことが、引っ越し間際でわかりました。
類似した仕事は紹介されたものの、これまでのスキルはほぼ通用しない状況に。0からのスタート、さらにお給与も下がる状況になってしまいました。
自分は個人事業なので、このまま業務委託契約解消か、本位ではない仕事に就くか転職するか。
そうであれば、もっと早く教えてほしかったものの、今となっては、
「そうなってしまった、仕方ない、次にどう行動するか」
と、すんなり受け入れらることができました。
お釈迦さんが説いた「一切皆苦(全ては思い通りにならない)」という真理の中で生きていると感じています。
ある意味「思い通りにならない世界どおりにきっちり、はっきり生きている」とも言えます。こうした一切皆苦な人生、ルール通りじゃないというルールの人生。このルールがまずハッキリしていたらば、あとは対処するだけです。
しかし、人間で対処することには限界があります。特に物理的な制約、例えば「死」「他人の気持ち」「時間」などなど、できないこと、コントロールできないことは多数あります。
そうした問題に対処するため、仏教というものは、2000年も受け継がれてきたと思います。
一切皆苦を超えて涅槃寂静に至る道、それが仏教であり、今の僕には「南無阿弥陀仏」と唱えることです。
「南無阿弥陀仏と唱えること=救い」とは到底思えませんが、少なくとも、南無阿弥陀仏という字を経本で見る、唱える、心で念じる。
その念じている時間の中には、病気も時間も、あまつさえ死も、忘れています。
ただ、南無阿弥陀仏となる時間は、自分じゃ対処できない一切皆苦を忘れさせてくれる行だと思います。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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