誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

一隅を照らす

一隅を照らす

 「一隅を照らす、これすなわち国宝なり。」

 この言葉は最澄の言葉です。ある片隅や今ある自分のいる場所を照らす。この状態が一人ひとりで行われれば自ずと苦しみの少ない社会となる。これは想像するに難くない。しかし、私なんかがと過剰な謙遜をしたり、過小評価をして実践しない者。自身が豊かであることを自覚できず、人のことにかまっていられないと実践を怠る者。今この瞬間、生きるだけで精一杯であり実践できない者。衆生の人々は苦しみの中で一隅を照らすことができない、と思い込んでいる。理想的な生き方など存在しない。こうでなければならないも存在しない。あらゆる生き方があり、あらゆる喜怒哀楽がある。陰もあれば陽もある。八方全てがあり人である。その様全てが学びであり気づきである。故に一隅を照らすとは、なにか特別なことをすることではなく、各個々人が他者他物から学び気づきを得て生きているだけで、それすなわち一隅を照らすということである。

 私は今、寒さ厳しく雪深いところにいる。雪がつもり、そして晴れ、雪が溶ける。しかし日の当たらないところは雪が残り、固くなり、凍る。そういった場所は人も動物も寄り付かなくなる。時間がたてば必ず溶けてなくなるだろう。それを待つのもいい。しかしそのせいで動けない人、躓く人がいるのであれば、そこにいる私は、その塊をどけるだろう。私は作業療法士として障害者支援を行う。縁あって私はそういった場所にいる。ある自分、置かれている場所と役割を自覚し、自分を過大評価、過小評価することなく、一隅を照らすような実践を行いたい。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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