怒りとの付き合い方
先日会社でのミーティングの際に相手の発言、言い方に対して一瞬で、沸点がブワッと上がってしまい、やや口論のような形になってしまいました。その日は嫌な気分で過ごしましたし、多分相手も気持ちよくなかったと思います。
仏教の「三毒の煩悩」で言うところの瞋に当たる部分だと思いますが、なんで怒ってしまったんだろう、ちょっと強い言い方になってしまったと後悔しました。三毒の毒は相手に対してだけではなくて、自分に対しての毒のダメージがとにかく大きいと感じました。私は普段、あまり怒ることないのですが、だからこそ、それを強く感じた出来事でした。
怒りを感じることは人間なのであると思います。でも感じた瞬間に反射的に言動で反応してしまう毒にしかならない。数秒待てば怒りが収まり冷静になると同時に、どうして今のことに対して怒りを感じてしまったのかを考えたり、あるいは客観的に自分を見て「あ、今のようなことをされると自分は怒りを感じるんだな」という事を知れる機会と思って過ごすようにしています。
怒りを感じるシーンは様々な場面であると思いますが、その中でも思った通りに物事が進まないこともあげられます。自分自身であれば何かうまく行かなかった時、あるいはミーティングの怒りのような相手の言動に対して理解が出来ない時など。自分軸であれ、相手軸であれ、人生は思い通りにならない、一切皆苦と思えればそこに対して怒りが生まれることもないんだなと思えるようになりました。





















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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