書いた人:釋 孝運
駅前のロータリーで家族を待つ間、偶然目にした二つの親切。車椅子のお客様にていねいに手を差し伸べるタクシー運転手と、段差に困っていたご家族を自然に手助けした若い女性の姿でした。見た目だけではわからない人のやさしさに触れ、自らが日頃大切にしている「奉仕の心」について、あらためて振り返ります。
駅前で目にした親切
私用で駅前のロータリーに車を停め、家族を待っていたときのことです。
一台のタクシーがお客様を乗せてきて、降車の準備をしているところをふと目にしました。運転手さんはトランクから車椅子を取り出し、降車するお客様に備えてドア付近まで近づけ、ご家族とともに手を差し伸べていました。
暑い中、大変な仕事だと思います。それでもニコニコと微笑みながら手を差し伸べ、「ありがとうございました」とていねいに対応されている姿に、私も心が癒されました。降車が終わり、タクシーは走り去っていきました。
若い女性が差し伸べた手
その後、ご家族が車椅子を操作していたときのことです。降車場から駅の通路へ向かう途中、少しの段差を乗り越えることができず、ご苦労されているように見えました。
私も一瞬、車のドアを開けて手を差し出そうとしました。そのとき、近くで迎えを待っていたと思われる一人の女の子が、車椅子へ近づいていきました。
見るからにまだ若く、二十歳前くらいに感じました。派手な姿にサングラス、髪を黄色く染めていて、最初は「この子は何なんだろう」と思っていました。
ところが、その女の子はニコニコと笑みを見せながら手を差し伸べ、車椅子を通路へと引き上げました。そして手伝い終えると、暑いので「気をつけて。行ってらっしゃい」と声をかけていました。車椅子のご家族から感謝されている、その姿を目にしました。
人は見かけだけで判断してはいけない。そんなことをあらためて感じるとともに、私も何だか心を癒された気持ちになりました。
その後もこの日の出来事を振り返りながら過ごし、一日中、気分よくいられたように思います。こうした奉仕の心を、多くの人が感じ取ってくれたらと祈りました。
日々の「奉仕の心」
私も常日頃、「奉仕の心」を持って来園される皆様に対応することで、自分自身も心を癒されているのだと思っています。それは「僧侶」としてだけではなく、人としての道でもあると感じています。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。




















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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