書いた人:伊藤勇気
悩みや苦しみ、孤独感は、仕事やお金、人間関係など、さまざまな場面で生まれます。本レポートでは、その苦しみを消そうとするのではなく、まず認識し、明らかに見て、受け入れていくという流れを、自身の実感と親鸞聖人の言葉に重ねながら見つめています。
苦しみは避けて通れないもの
人は生きている上で、つらかったり悩んだりすることがたくさんあります。これは、どうしても避けて通ることができません。おそらく「人」が二本の足で立ち、火を使い始めた頃から、生まれ続けているものなのだと思います。仕事、お金、人間関係など、要因はさまざまですが、人は悩み、苦しみ、寂しさを感じる時があります。
「自分のことを分かってくれる人はいないのではないか」「誰も信じられない」と、悩みの軸が「自分」から「周囲」にぶれてしまい、泥沼のような闇に堕ちていってしまう。周りが見えなくなり、孤独感を感じる。その孤独感から、苦しみは増していきます。
人は縁により生かされていて、「一人で生きている」ということはありえません。最低でも、産んだ親がどこかにはいるからです。現代社会で生きていれば、姿は見えずとも、いろいろな方向から支えられて生きています。具体的に言えば、社会インフラなどがそうでしょうか。
認識、諦め、受け入れる
つらい、苦しい、孤独感を感じる。そう思った時に大切なのは、「認識、諦め、受け入れる」の3ステップだと思います。
まずは認識です。そう感じることには原因があります。それをしっかりと理解することです。感じている、ということは、自らの感じ方を理解すること。いったん立ち止まって、今、自分がどう感じているのかを整理することです。
次に諦めです。自分が感じていることの原因が外的要素の場合、それはどうすることもできません。そこに対する「努力」は実を結びません。
諦めという言葉は、「明らか」に「見る」ということだとも言われています。単純に諦めると言うと「ギブアップ」のように思えますが、決してそうではありません。この行為は、次へつなげるために「明らか」にすることと考えれば、少しは前向きになれそうです。
最後は受け入れることです。これは現状を受け入れる、ということです。自分の周囲の状況は常に不変ではありません。自分の行動次第で変わっていくこともあるし、周囲の環境や状況の変化で変わっていくこともあります。もしかしたら、明日死んでしまうかもしれません。
そんな不安定な中で日々生きているのだから、悩んだ自分を「受け入れる」こと。自分で自分を慰めてもいいでしょう。変わらない環境や状況も、永遠に続くものではないと「受け入れる」こと。そう考えると、少しは心が軽くなるのではないでしょうか。
親鸞聖人の言葉とともに
「一人いて悲しい時は二人いると思え。二人いて悲しい時は三人いると思え。その一人は親鸞なり」
そう説いてくださった親鸞聖人は、いつでも寄り添う存在がいるぞ、と力強く語りかけてくださっています。
私も愚者なので、日々、知識よりも経験から学びます。毎日が修行です。つらく苦しい時は、この3ステップを意識して、この言葉を思い返して前に進んでいます。
そういった仏法の教えを知ることができたのも、何かのご縁。ありがたいことです。
南無阿弥陀仏。


















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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