誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

「体力は気力」を再認識した件

「”できている”と思ったら、退化の始まり」とは、誰が言った言葉だったでしょうか。

その言葉を思い出した、お話です。

私が疲れが取れにくくなった32歳のころから、ジムトレーニングを始めて、
「体力は気力だ」
という言葉を、がっちりと体で記憶しました。

日曜日の夜に飲みにいくのも平気になりました。

いまだに、体は元気だし、夜に出歩くのも、遠くに出かけるのもおっくうではないから、私の気力は充実し続けていると思っていました。

まさに「できている」と思ってしまった瞬間から、私はこの罠にはまっていたのでしょう。

最近、ミトコンドリアのトレーニングを始め、さらにダイエットも兼ねて、少しランニングも始めました。

肌ツヤも良くなり、始める前より、体にエネルギーがみなぎってきた感じがします。

するとどうでしょう。

もう答えは出ていますが、
「すごい気力」が沸いて来たのです。

「よっしゃ~やったるで~」(主に仕事)という気力がです。

気力なんて、リズムもあるので、人生のバイオリズム的に、いまが気力が沸いてくる時期といえなくもないですが、

なんとなく、これは体力由来な気がしてます。
忘れていました!

「体力は気力」なんですよ。

本当に人間は愚かにもすぐ、覚えたことを忘れてしまいます。

仏教の修行、この世の修行を全うするには、気力というエネルギーが必要です。そのためにも、しっかりと体力を維持しないといけないということを再認識した話でした。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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