仏教や宗教は「今をどう生きるか」を考えるきっかけをくれるもの。 ボクはそう考えます。 さらに言えば、より豊かに生きるヒントを与えてくれるものです。
世界中でおよそ8割以上の人が、なんらかの宗教を信仰していると言われています。 それぞれの宗教には独自の倫理観や価値観があり、人々は生きる指針としています。
「まえがき」でもお話ししたように、日本以外の多くの国で「宗教は何か」とたずねられたとき、「無宗教」と答えると不審がられます。 宗教が倫理や道徳の基礎となっている国々では、無神論者は「何をしでかすかわか らない危ないヤツ」と警戒されるからです。
日本人の多くは「自分は宗教を信じていない」と考えていますが、ボクは、日本人ほど宗教的な感性が高い民族はないと思っています。 多くの人は、新年には初詣に行き、受験生が身近にいれば合格を祈願します。 また、結婚したり子どもが生まれたりなどの人生の節目には、先祖の墓前に報告す る人も少なくありません。
その一方で、病気や事故などのトラブルにあったときには、先祖供養に励もうとす る人もめずらしくないでしょう。 日本以外では、先祖供養をしたり墓参りしたりする文化がない国も多い。 目に見えない「ご先祖様」を敬うことや、試験の合格や家族の無事を祈願することを当たりまえと思うことが、すでにとても宗教的であることに気づいていないだけな のです。
また日本では、熱心な先祖崇拝の気持ちの受け皿として、仏教が共存してきました。 そのため、知らず知らずのうちに仏教の教えが生活に溶け込んでいます。
ボクはたまたま、仏教系の学校に行き、親鸞の教えに深く触れる機会があったからこそ、仏教は「今をよりよく生きるための教え」だと知ることができました。
しかし残念ながら、仏教がどれほど人生に役立つ教えなのかを知らずにいる人がほ とんどです。 人は、日々暮らす中で「朝は子どもを学校に送り出して」「コロナ禍でも電車に 乗って通勤して」「テレワークが進んだせいで、連日のようにこまかいリモートによ る打ち合わせをして」と、毎日やるべきことに追われています。
もう少し長いスパンで見ても「定年後は田舎に帰ろうかな」「親が病気になったら どうしよう?」などは考えるかもしれません。 でも「今をどう生きるか」について思いをめぐらすことはほぼないでしょう。
それこそ、身近な人の「死」や、大地震やウイルスの感染拡大など、予測できない危機的な状況に陥ったときしか、自分はどう生きれば幸せなのか考えることはありま せん。だからこそ、少しでもいいから仏教の教えに触れて、今をよりよく生きるための チャンスとしてほしいのです。
生きていれば誰にでも、仕事やお金、人間関係の悩みなどの「苦」が付きまといます。 そして悩み、迷ったときに一つの選択肢を示し、心の拠りどころとなってくれるのが、仏教であり宗教なのです。
















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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