書いた人:レーン由香
同じ出来事でも、苦しみを感じる人もいれば、そうではない人もいます。誰かを助けようとして取った行動がかえって相手を苦しめてしまうこともあります。では、相手の苦しみを理解し、本当に必要な手助けをするには、何が大切なのでしょうか。仏教の八正道の一つに「正見」という教えがあります。本レポートではあるドラマをきっかけに、苦しみの受け止め方の違いや、相手をありのままに見ること、そして人に寄り添うことの難しさについて考えます。
ドラマを通して感じた、苦しみの違い
最近見たドラマは、フィクションではありますが、考えさせられる内容でした。生きていく上で「苦」は付きもの。その苦しみからの解放の仕方は人それぞれだと改めて気づかされました。
ある人には「苦」に感じないことが他の誰かには命にも代え難いものだったり、ある人が「苦しみ」から解放してあげようと良かれと思ってした行動がさらに苦しめることになってしまったり。
ドラマの話は、「本当の自分の幸せは自分で決めていい」と言っているように、私は感じました。
自分の主観ではなく、ありのままに見る
苦しんでいる人を、自分の主観で見て判断してはいけない。自分がこうすれば苦しまないから、その人もそのはず……。そうではないと思います。
「正見」の実践が必要です。正しく見るということは、偏った考えなどで判断することではなく、「正しくありのままを見る」こと。誰かに手を差し伸べ、その人の「苦」を和らげてあげるには、まず「正見」。
そして、その人が望む、その人に合ったやり方で、心穏やかに幸せになれる方法を見つける。その人の過去も未来も関係なく、「今」どうしたいのか。「苦」から目を背けるのではなく、受け入れて理解し、手放す。
誰かの心に寄り添うために
自分ではない人の心に寄り添うのは、とても難しいことだと思います。今後、私に相談したい人が現れたとき、その人が少しでも前に歩む気持ちを持ってもらえるように、これまでの学びが生かされることを願います。
その人の笑顔が、私の喜びになっていくんだと思います。
南無阿弥陀仏。
















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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