「定年後も働いているけれど、自分の居場所がありません」
60代の男性の方から、こんなお便りをいただきました。
定年後に非正規雇用で働き始めましたが、年下の社員に指示される毎日です。自分はもう必要とされていないのではないか、と感じてしまいます。
肩書きがなくなったら、価値はないのでしょうか。私は、違うと思います。
置き去りにされる感覚
社会では、新しいスキルがどんどん出てきますよね。パソコンのようなものは、私ももちろん、あまり使えません。ですから、置き去りにされているような感覚は、よくわかります。
でも、あなたにできることは、もっと他にもあると思うのです。
培ってきたスキルは、必ず役に立つ
今までずっと、その会社でお勤めになってこられたのですから、そこまで培ってこられたスキルは、絶対にあるはずです。新しく導入されたことはできなくても、それ以外のことで培ってきたスキルは、必ず役に立ちます。
そこをきちんとお伝えしながら、新しいことを教えていただく。これは「交換」なんですよね。
上から言われることに「はいはい」と従っているだけではなく、あなたが持っていらっしゃる力をきちんとお伝えしていく。そうやって交換していくことが、これからすごく重要になってくるのではないかと思います。
肩書きがなくなったことは、自分がなくなったことではない
肩書きがなくなったことは、自分自身がなくなったということでは、決してありません。
そこを混同してしまうから、自分自身がなくなったように思えてしまうのではないでしょうか。
肩書きは、あくまでも肩書きです。その会社の中だけで必要なもので、社会に出て必要かというと、全然必要ではないのです。
昔の肩書きを配る、おじいちゃんの話
面白いことに、私の母が入っている施設の中に、昔、社長さんだった頃の名刺を配っていらっしゃるおじいちゃんがいらっしゃるんです。
それが役に立つかというと……ということなんですよね。でも、それも同じです。肩書きがなくなったら価値がないのか。違いますよね。むしろ、もっと本質のほうに価値があるのです。
今のあなたにできること
今できることは、あなたが今まで培ってきたスキルを、きちんと丁寧に、使える形でお渡しすることです。
そういうことに意識を向けて、会社に出勤していただけたら、きっと楽しいことが増えてくると思います。
自分に価値がないなんて思わないで。しっかりと、あなたの価値を見つめ直してみてください。
ひとりで抱えこまないで
居場所がないと感じる毎日は、心が少しずつ疲れてしまうものです。うまくいかない日があっても大丈夫。ひとりで抱えこまず、そっと話してみませんか。登録も利用も無料で、いつでもやめられます。
この記事をお話しした人
竹下暁蓮(たけした ぎょうれん)
ヨガを続けながら仏門へ。病と、大切な人の喪失を経て、あなたの今に寄り添う僧侶。
約550年つづく浄土真宗のお寺・慈徳山 得藏寺が運営する、誰にでもひらかれた、やさしい仏教の入口「仏陀倶楽部」でお話ししています。
















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
愛葉宣明 著 『仏陀経営』ほか
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