数少ない趣味、といえるものにクルマとバイクがある。
16歳で二輪の免許を取り、400ccの中古バイクに夢中になっていた。その後普通自動車免許を取得してからは、専らクルマにのめりこんでいった。といっても、当時の流行りグルマにはあまり興味がなく、なぜか古いアメリカ車や国産旧車に魅せられていた。
思えば、購入欲に駆られるままに、収入も考えずに乗りたいと思うクルマに乗っていたため、家族にはさまざまに迷惑をかけてしまっていた。乗り心地悪い、ウルサイ、暑い、寒い、壊れる・・。今は心を入れ替えておとなしく国産車に乗っています。
250ccのバイクも持っていたが、最近、知り合いに譲った。旧いバイクなので日々のメンテナンスや洗車が欠かせなく、ある意味それが楽しみであったのだが、何となくそれらを楽しめなくなってきていた。あー、洗車しなきゃなあ・・とか、寒いけどエンジン回すために走らないとなあ・・。などと、義務感のような感覚になり始めていた。
譲ってしまってバイクが無くなったとたんに、何とも言えなくココロが軽くなったことに驚きを感じたが、なるほど、これが「執着」からの解放だったのかなあ?と何となく納得できた。
愛着、とは即ちそれに対する執着。自分のココロを縛るものなんだなあ、と初めて体感した出来事であった。

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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