誰であっても僧侶になれる得度への道をご用意しています。

心の傷

心の囚われ

 「自分の心の傷」について書いてみようと思います。

 私は57歳、パートナーは62歳。互いに障害年金を受給して10年間同棲状態を続けていますが、6年前くらいに「結婚」を前向きに考えて、私の親にも挨拶しています。しかし彼は、数か月後に「自分には子供がいるから再婚はできない」と言って話をなかったことにしました。(実家に反対されたことは明白でした)

 この言葉を言われた瞬間、私は「自分の存在のすべてを否定された」気持ちになり、胸の奥がえぐられるような感覚を覚えました。(数年後、実家に大反対されたことは認めてくれました)

 それからも彼の幻聴に対する暴言(統合失調症のため)や、それを止めようとする私に対する暴力は続きましたが、2022年からは、私が彼の被害者意識に反応しないことで、大声で騒ぐことも殴られることもなくなっています。日々の暮らしもとても穏やかで、たくさん助けてもらっています。

 そんな暮らしの中でも、その言葉が今でも私の「心の傷」になっていて、何かあると「傷が疼いてイラつく」ことを繰り返してしまう・・・ということを、最近気がついたのです。

 そういう時の私の感情は本当に手に負えず、彼に対して言葉を選ぶことなく、泣き叫ぶように話をしてしまい悪循環を起こします。(自覚はあるけれど止められないのです)なので私は以前から、私たちには「距離」が必要だから別居しよう、とお願いしていますが、彼は一人で生きられない人のため、本気で考えてくれません。これが、私が経済的自立を目指している大きな理由でもありますが、この「心の傷」がいつも私の感情を揺さぶり、お互いに疲弊してしまう現実を創り続けてしまっているのです。

 人の怒りの奥には「悲しみ」があります。それは時に「憎しみ」や「悔しさ」になり、周囲の人間関係を悪化させる原因になってしまいます。私は「距離感が心を穏やかにする」と感じていますが、相手がそれを受け入れてくれない事実を、これからどうすれば良いのか、しっかり考えた上の行動で示して行きたいと思っています。

 「諸行無常」が何よりの救い、と今は感じています。

仏陀倶楽部では、 こうした日々の迷いや立ち止まりを、

一人で抱えずに言葉にする場があります。

監修者 「愛葉 宣明」

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員

僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。

信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」

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