書いた人:細川孝一
「四苦八苦」をどう受け止め、どう和らげていくのか。このレポートでは、仏壇の前で念仏を唱える日々の実践を通して、少しずつ感じてきた心の変化が綴られています。得度修行の学びと日常生活とを重ねながら、「執着」と「悩み」の関係を自分の実感として見つめます。
念仏を唱える時間の中で
私の心構えとして、常に仏壇の前に座り、念仏を唱えています。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
これを実践することで、「執着」を忘れて気持ちが軽やかになる。そのことを感じ取れるのは、「仏教」の教えの何かに関わっているような気がします。
そのおかげで、毎日が心安らぐ生活になっているように感じています。得度修行を通して多くの心構えを学び、それを実践することが、こんなにも心を穏やかにしてくれることに感謝しています。
日常の中にもある修行
愛葉代表は、「人生を変えるのに修行はいらない」と著書に書いています。しかし一方で、常日頃の生活の中に、「修行」に匹敵することがたくさんあるとも記しています。
「人は悩むもの」。すなわち、「執着」を抱え込むことが「悩み」の「種」であり、「種」のないところには「芽」は出ない。「種」がなければ「草」も生えない。きれいな状態の畑と同じように、人の心にとっての「種」とは「執着」なのだと思います。
余分な「執着」を持たなければ、生活にも余裕が出てきます。
心穏やかな毎日への感謝
今の私は、このことを実践することで生活にも余裕が生まれ、心穏やかな毎日を送っています。それも「仏教」のおかげだと感謝しています。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

















僧侶、著述家、宗教法人得藏寺 代表役員
愛知県名古屋市出身。浄土真宗大谷派である名古屋大谷高校業後、20歳で独立起業。自動車販売業、美容事業、飲食事業、リサイクル事業と、次々に事業を立ち上げる。
独立起業後10年を経て自身の中に湧きあがる疑問と向き合うため、事業を整理し、ヨーロッパを中心に世界30カ国以上を旅する中で、多くの宗教や文化、習慣や常識の違いに触れる。
「人は生きているだけで毎日が修行」という考えに至り、時代が変化しても自然淘汰されない“在り方”を仏教に見出す。
現在は誰もが「得度」し、僧侶になれる機会を提供している。
信念は、「人生を変えるのに修行はいらない」
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